2009/07/01 (Wed) ジョン・F・ケネディを想い出す


"And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country. My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man."

“国が、諸君のために何ができるかを訊いてはいけない。諸君が国のために何ができるかを考えてください〜世界の友達よ、アメリカが、諸君のために何をしてくれるのかを訊いてはいけません。人類の自由のために何ができるかを、われわれと一緒に考えようではありませんか”

1961年1月20日、ジョン・F・ケネディ(43)は、アール・ワーレン(連邦最高裁判所筆頭)の前で誓った。その直後16分間の演説をした。伊勢爺は20歳だった。この米国史上、最も若いケネディの演説が、アメリカ歴代大統領の就任演説の中で、最も優れたものと今でも思っている。







ワシントンの西に、ポトマック川が流れている。ワシントン・メモリアル橋を渡ると、そこがアーリントン墓地だ。無名兵士のお墓が並んでいる。小高い丘の上に、ケネディ一家の墓碑がある。石碑には、この格調の高い名演説が彫ってあった。

ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ (John Fitzgerald Kennedy 1917年5月29日ー1963年11月22日)は第35代アメリカ合衆国大統領。キューバ危機を回避。ベトナム戦争早期撤退を計画。一般的には清新なイメージのリベラル派とされ、アメリカ国民からの期待も高かった若き大統領であったが、任期半ばの1963年にダラスにて暗殺される。46歳の若さであった。暗殺の真相は未解明であり、様々な陰謀説が流れている。ケネディの暗殺は現在に於いてもアメリカ社会に暗い影を投げ掛けている。(*暗殺は、軍産複合体(ロッキードなどの軍需産業とペンタゴンなどの政府の関連機関)〜白人至上主義団体(ケネデイは黒人の公民権を強く主張した)〜マフィアとダラス警察(在米キューバ人)〜フーバーFBI長官のいずれか、その組み合わせと一般では考えられている。ケネディは暗殺された年、「基本的に、ベトナム戦争はベトナム人の戦争であり、4000人の軍事顧問を引き上げる」と副大統領のリンドン・ジョンソンと意見が分かれた。大統領権で引き上げる方針であった。伊勢)

アブラハム・リンカーンの演説

"that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth."

「人民の人民による人民のための政府を地球上から、なくしてはならない。」(1863年のリンカーン大統領の演説) 1865年、リンカーン大統領は暗殺される。

バラック・オバマの演説

“リベラルのアメリカも保守のアメリカもない。あるのはアメリカ合衆国だ。黒人のアメリカも白人のアメリカもない。あるのはアメリカ合衆国だ。イラク戦争に反対した愛国者も、支持した愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓うアメリカ人だ”


(解説1)ケネディ大統領は一冊の本では書きつくせない人だ。ハーバード大学の卒論卒論、「イギリスはなぜ眠ったか」を書き、ハーバードを優等で卒業した。第二次大戦では、26歳で、PTボート(木製の魚雷艇)のキャプテンとなり、日本海軍の駆逐艦「天霧」に衝突されて沈没した。重症をおったが、乗組員を助け5キロの海面を泳いで近くの島にたどり着いた。


PTボートに乗り込むケネデイ中尉。ケネディが率いる魚雷艇、PT-109は、1943年8月2日にソロモン諸島のニュージョージア島の西を哨戒していた時に、大日本帝国海軍の駆逐艦・天霧との偶発的な接触事故によって船体を引き裂かれた。彼は痛めていた背中からデッキにたたきつけられたが、負傷者を命綱で結びつけ3マイル遠泳して、なんとか小さな島にたどり着いた。その接触事故を目撃した僚艇の乗員は、PT-109の乗員全員の戦死を確信し、基地に帰還後の報告でも乗員全員の戦死を報告した。ゆえに友軍の捜索・救出開始まで一週間近くかかってしまい、助かったPT-109の乗員たちは飢えと渇きに苦しんだ。そして、友軍による数日の探索後に島民2人に出会い、ココナッツに刻んだメッセージが元で救助された[2]。この時の部下を見捨てなかった勇敢な行動が、後の政治家としての資質評価に大きく寄与したとされる。

これらの行動について、ハルゼー海軍提督からの感謝状、名誉負傷章、海軍メダルおよび海兵隊メダルを受章した。しかしながら背中の傷はボートの上にぶつけた際に悪化し、さらにマラリアにかかり、1945年前半、終戦の数か月前に名誉除隊をした。後日談だが、1952年の上院選と1960年の大統領選の際には天霧の元乗員一同から激励の色紙を贈られている。(ウイキぺデイア)


天霧は優秀な駆逐艦だった。艦長も、212名の水兵たちもだ。詳細を、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%9C%A7_(%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6 で読んで下さい。

(解説2)ここまで、書けば、「キューバ危機」 を書かざるを得ない。

キューバ危機の回避は、おそらくケネディの大統領在職中最も重要な出来事だった。優れた政治手腕と側近からのサポートそして運によって、ケネディは戦争を望んだ政権中の強硬派のコントロールと、ソ連の脅迫によって脅威が増すことを防ぐことの両方を試み、それに成功した。後に、多くの人がキューバ危機を「世界が核戦争に最も接近した時」であると考えている。

U-2偵察機ケネディはピッグス湾事件の失敗以降も、キューバがソ連と急速に親密な関係を築いていたことからアメリカ空軍機によるキューバ軍施設の偵察活動を継続させており、実際にキューバ危機は、アメリカ空軍のU-2偵察機が、ソビエト連邦がキューバに建設していた核ミサイルサイロの写真を撮影した1962年10月14日に始まった。

ケネディは国家安全保障会議執行委員会(エクスコム)を設置して対応に当たった。エクスコムの会議において、統合参謀本部のメンバーはキューバ奇襲攻撃を主張したが、マクナマラ国防長官やロバート・ケネディ司法長官は海上封鎖を主張した。ケネディは海上封鎖の実施を決断し、同盟国の支持を得るために元国務長官ディーン・アチソンをフランスのシャルル・ド・ゴールのもとに派遣するとともにイギリスのハロルド・マクミラン、西ドイツのコンラート・アデナウアーのもとに国務次官を送り、NATO主要国である彼らの支持を得た。また、OAS諸国にはアメリカ大使館を通して事態を知らせた。

元大統領のフーヴァー、トルーマン、アイゼンハワーをホワイトハウスに招きケネディ自身が状況説明を行い、さらに議会指導者に対しても自身で状況説明を行った。この議会指導者との会談ではフルブライト上院議員やラッセル上院議員は海上封鎖に反対し、キューバ爆撃を主張した。

国内の軍隊をアメリカ南東部に移動、空軍戦略航空軍団を最高の警戒レベルに引き上げ、180隻の海軍艦艇をカリブ海に展開させて海上封鎖の準備を整えた。

10月22日午後7時、これらの準備が整った上でケネディは演説を行い、キューバに攻撃用ミサイルが持ち込まれた事実と米国によるキューバ海上封鎖措置を発表し、キューバ国民に対して攻撃用ミサイルは何の利益にもならないと強調した。この演説は合衆国海外情報局(USIA)を通してスペイン語に訳され中南米諸国に放送された。この演説の翌日、OASは全会一致で米国による海上封鎖措置の支持を決議した。ケネディの演説から2日後の朝に海上封鎖が発効し、潜水艦に守られていたソ連船18隻のうち16隻が洋上で停船・またはUターンし、翌日にはこれら16隻全てがUターンした。

10月23日には、ケネディはキューバのミサイル基地の写真を国連用および報道・出版用に公開し、10月25日にはアメリカのアドレイ・スティーヴンソン国連大使がこれらの写真を用いてソ連のヴァレリアン・ゾーリン国連大使と対決し、劇的な効果を収めた。

しかしこの後もキューバ国内では、すでに持ち込まれた資材をもとにミサイル基地建設が急ピッチで進んでいた。10月27日にはルドルフ・アンサーソン少佐が操縦していたU-2偵察機がキューバのSAM(地対空ミサイル)により撃墜される事件が起こった。これに対してエクスコムのほぼ全員がSAM基地の破壊で一致したが、ケネディは彼らを引き戻し、キューバに対する攻撃は、ベルリンやアメリカのジュピター・ミサイルが配置されているトルコに対するソ連の攻撃を誘発しかねないことを訴え、攻撃しないことを決定した。

この間、10月26日と10月27日にフルシチョフから書簡が届いており、前者は柔軟、後者は強硬な内容であった。ロバート・ケネディ司法長官とテッド・ソレンセン大統領顧問は前者に対する回答を起草し、これが送信された後、ロバート・ケネディはアナトリー・ドブルイニン駐米ソ連大使を司法省に呼び会見した。フルシチョフはこの回答に対する返事の中で、アメリカがキューバに侵攻しないことと引き換えにキューバのミサイル基地を解体することに同意した。キューバ危機の後、ケネディはトルコに配置してあるジュピター・ミサイルを撤去した。後の歴史学者の間では、当時の副書記官ミコヤンからの強い進言がフルシチョフにキューバの核ミサイル撤去に踏み切らせたと考えられている。

ケネディとフルシチョフは、互いの陣営を巧みに操りながら核戦争の危機をうまく回避したことにより世界中からの尊敬を集めたが、後にフルシチョフはこの際の対応などを理由に1964年10月に失脚させられてしまった。(ウイキぺデイア)

(質問)みなさん、この三人の大統領演説では、どれが一番格調が高いと思いますか?

**昨夜は雷雨で涼しかった。毛布を被って寝た。明朝の夜明けに、メリーランドを発ち、ルイジアナのわが家に帰る。2日間のドライブ。伊勢平次郎 メリーランドにて、








2009/06/28 (Sun) アナポリス米海軍大学校
japan april  maryland summer 6.26. 09 116 (Small)
このメリーランドには、アナポリス米海軍大学校がある。米海軍の将校を育てるところだ。ウチのが立っているのはウエスト通りという。向こうに大学校の教会の尖塔が見える。伊勢爺には三度目の訪問だ。たいへん伝統のある町である。ここの人々は保守的だが、紳士淑女であることが基本なのだ。紳士であることが海軍精神だからだ。日本海軍(海自)の精神も同じだ。伊勢平次郎 メリーランドにて、、






japan april  maryland summer 6.26. 09 118 (Small)
大学校の庭に鴨の夫婦が並んでいた。まことに平和である。「守りがあってこそ、平和あり」ということだ。

japan april  maryland summer 6.26. 09 109 (Small)
このワタリガニ(BLUE・CLAB)の鋏に指を斬られた。お返しに茹でてあげたよ。コロラド生まれの子供たちは蟹を見たことがなかったのだ。殻を割って、ミを取って、バターに漬ける。「おいしい」と一斉に言った。



アナポリス米海軍大学校の玄関に旧日本海軍の魚雷が置いてあった。爆薬500キログラム。世界最大であると。もう一本は、沖縄戦で日本の爆撃機から投下されたものだと。何となく、日本軍を誇りに想った。


ノルマンディーではなく、フレンチ・リビエラで捕獲したドイツ軍の野砲だと。ドイツの兵器は優秀であったが、米軍の総力戦には勝てなかったと。


米海軍大学校の学生寮など、、4000人の海軍将校が毎年卒業する。



(解説)1845年にこのアナポリス海軍大学校は出来た。当時、40人が卒業したと。アナは「アンナ英女王にちなみ、ポリスは、ギリシアのアテネからとったそうだ。アナポリスは、1649年、バージニア清教徒たちが英国教会の桎梏から逃れてこの土地に住みついた。1620年、マサチューセッツのプリマスに到着したメイフラワー号の清教徒たちも同じだ。「宗教の自由」を求めて、アメリカ大陸へ渡ったのである。こうして、「人間の自由」がアメリカの建国精神となった。この原理から、日米が同じ価値を擁する限りは、その同盟関係は終焉しない。米中・G2論が出ている。だが、それは、“中国が民主化するなら”という大きな条件を伴う。まず、無理な話だ。伊勢平次郎 

2009/06/23 (Tue) オバマの支持率
bama iran
オバマの対イラン政策を “上手に裁いている”とWPのコーエン。この黒人のコラムニストが、オバマの悪口を書いたことはない。リベラル一辺倒だ。伊勢は、何事にも、一辺倒の人間を信用しない。青い目の妻が、日本人の夫のオバマ政権批判を“反米なの?”と聞いてくる。“I AM EXTREMELY CAUTIOUS ON ANYTHING AND THAT”S ALL”と答えている。

オバマへの支持率に変化が見えた。特に、オバマの最優先課題である経済にである。アメリカ国民の50%少々が、$7870億ドルの景気刺激策に期待をしているだけとなった。ワシントンポスト・ABC世論調査では、2008年の大統領選挙中に沸いた65%もあった楽観的な観方は急速に萎んでいる。オバマの政治姿勢への評価は高いのだが、個別の問題への取り組みにおいて、不賛成の者が増えた。伊勢平次郎 メリーランドにて、、






景気刺激政策のインパクトに対する期待は冷めた

Washington Post
Monday, June 22, 2009; 5:00 PM

オバマ大統領の景気刺激包括法案(STIMULUS・PACKAGE)に対する、アメリカ国民の期待は激減した。ほんの半数が「$7870億ドルの景気対策が米国経済を押し上げる」と自信を持っているだけとなった。

ワシントンポスト・ABCニュース世論調査

オバマの全体の政治姿勢を65%が支持している。この高い支持率はブッシュも、クリントンをも超えるものだ。だが、「景気対策の効果」に関して質問を出すと、懐疑的なのだ。この弱い経済状況の中で、オバマは、医療制度改革、エネルギー政策改革も同時に進行させている。
オバマには、有利という梃子(テコ)がある。それは、反対政党の共和党が少数派であり、ブッシュ以来、国民の支持を失っているからだ。国民は「経済は民主党」としている。


だが、現在、全米平均で9%の失業率がさらに上がる予測がされている。二月から上げ潮の株価も一時的なものだと言う危惧が強い。だから、「オバマがアメリカの経済を修理すること」がもっとも心配されていることなのだ。公約である経済再建で国民の信頼を失うことは出来ない。
52%が景気刺激策は効果を出すと回答したが、4月の59%から下がった。特に、中西部では、「効き目がある」と回答した人は50%以下となっている。これは、4月には60%だったのだ。民主党でも、共和党でもないインデペンデントはオバマを強く支持(56VS39)していたが、真っ二つとなった。

国民のアメリカの進路に関する自信に関してはほぼ同じだ。だが、世論調査では、その自信にも変化が見られる。11月、オバマが選ばれたとき、50%が進路は正しいとした。現在は47%に下がっている。さらに、50%が、深刻と言えるほどに間違った方向に向かっていると回答した。

オバマの支持率は、4月の世論調査から少し下がった。だが、「不支持」は5%増えたのだ。オバマの全体像は支持を得ているのだが、重要な案件においてはその全体への支持を下回る。1100人を電話で調査したが、大多数が「オバマの経済〜医療〜地球温暖化対策に好感を持っている」と答えた。

最も、不支持となったものは、ビッグスリー救済と巨大な財政赤字だ。財政赤字では、35%が「強く反対だ」と答えた。22%が「財政出動を支持する」と答えた。広範囲にわたって、90%が「財政赤字の巨大なサイズを非常に心配している〜どちらかといえば心配だ」と答えた。
.
オバマは大統領権限と連邦政府の財源を繰り返し使って、この国の経済問題と取り組んできた。もちろん、共和党は反対してきた。今回の世論調査では、国民の姿勢が少し変わった。過半数が「小さな政府〜小さな政府のサービス」を好んでいることが判明した。インデペンデントの変化は最も顕著だ。11月には、52VS44だったが、現在は、61%VS35%なのだ。

前の世論調査では、オバマ外交とテロ対策への支持率は、「ブッシュ時代よりも安全になった」と60%を超えた。だが、現在では、「ちっとも、変わっていない」となっている。

グアンタナモにおいて行なわれたとされる拷問については、「拷問はある程度必要だ」が50%に近かった。オバマが「拷問は許されない」としていることに 、真っ向から反対ということだ。
イランに関して、共和党は「オバマの民主主義を奨励する声は小さい」と批判した。だが、52%はオバマのイランの取り扱いを支持した。アーマネドジャドが大統領に再選されたことを以ってしても、4月からアメリカの世論は変わらない。

一方、共和党への支持率は下がったままだ。電話で調査した1100人のうち、22%が共和党だと答えた。これも4月以来変わらない。たったの36%が共和党に好感を持っていると答えた。56%が共和党に好感を持っていないと答えた。53%が民主党に好感を持っていると。

オバマと米国議会の共和党議員を比べると、オバマは共和党議員たちを20ポイント引き離している。国民はオバマが、医療、財政赤字、テロリズム、経済を取り扱う方に信頼を置いている。経済では、支持率が下がったとはいうものの、55%VS31%で、共和党議員を引き離している。

米下院議長のナンシー・ぺロシの支持率は、支持するが38%、支持しないが45%である。2007年4月の世論調査(議長になって4ヶ月目)では、53%がぺロシを支持、35%が支持しないだった。


(解説1)1100人を対象とした電話方式の世論調査には疑問が残る。だが、ワシントン・ポスト紙も、ABCニュースも、大統領選挙では、オバマを支持した大手メディアなのだ。この世論調査を以って、憶測することは危険だ。だが、メディアでない他の経済専門家(ボルカー、バーナンキ、リビーニ、)の巨大財政赤字への警鐘は大きいものだ。昨日、NYダウが200ポイント下がった。世銀が“アメリカの失業率は来年の夏まで上昇し、それが理由で景気は上向かない”と。サブプライムの危機を2006年に、いち早く警鐘を鳴らしたリビーニ(Nouriel Roubini NY大学経済学教授)が“まもなく、第二波のリセッションが押し寄せる〜原油の高騰に始まるインフレがやってくる”と述べたことに関係があるとブルームバーグ。日本の経済専門家や投資専門家の間にも、このインフレ、第二波リセッションの声は出ている。

(解説2)実体経済は、オバマの支持率にも、共和党の不人気にも関係のないものである。指導者や政党への支持率が個人の感情によるか、印象によるものだからだ。どれも、科学的な分析に基付いたものではないのだ。人間に好悪の感情がある限り、政治家はその感情を利用する。オバマは、ポピュリズムによって大統領となった人間なのだ。支持率が統治能力を現すものではない。現実とはもっと厳しいものだ。“オバマの方がマケインよりもアタマがいい”と選んだ者が多い。特に、教師や教授職らだ。学歴で職に就いた人間は、高学歴者を支持するということだ。さあ、どうかな?軍歴しかなかった普通の成績のアイゼンハワーが、第二次大戦後の最も、好ましい大統領とされる。彼はカンサス人だ。田舎者のカンサス人を嫌うリベラルが多い。共和党州だからだ。また、“大統領は父親のようでなければならない”という声は強い。すると、学歴とは無関係だとなるね。

(解説3)伊勢が、オバマの景気刺激政策(6百万人がシャベルを手に持って、道路や橋を作る)や、イランに謝罪(1953年のモサデク打倒)する演説を批判すると、ウチの青い目のカミサンは、“オバマの失敗を望むの?”と怒ったものだ。“いいや、アメリカに成功して貰いたいから批判する”というと、“ふ〜ん”。だが、今朝、この世論調査や〜NYダウ下落や〜避けられないインフレの話しをすると、静かに聴いていたよ。オバマは、$7870億ドルの景気刺激策から引き返す可能性がある。しかし、それは、オバマの政治生命の終焉の始まりになるのだ。来年11月の中間選挙で米議会の与野党ドンデンが起こる可能性がある。伊勢平次郎 メリーランドにて、、

付録

maryland summer 09 005 (Small)
ボボは、今日も元気に遊んでいる。昨日は、ワシントンで子供列車に乗った。突然、“ワタシ、結婚したいの”と言い出した。ウチのが、“運転手さんに申し込んだら”というと走っていった。走って戻ってきた。“あの人と結婚しないわ。話を聞いてくれないんだもん”だとさ。

bobo chiku
柴犬チクデンとボボは仲がいい。本を読んでやっているのだ。伊勢爺の母親は子供に苦労させられた。過大な援助をし、大学へやっても、家庭を崩壊させる者が出た。だが、“子供が立ち上がって歩き出したとき〜ランドセルを背負って小学校へ上がる朝ほど、幸せだったことはない”と言っていた。ボボを観察していると、母親の気持ちが良くわかる。伊勢

2009/06/20 (Sat) 青い目の家族
bobo shiatsu 1
アンドレア(4歳)は伊勢爺さんの甥の末娘だ。みんなは、「ボボ」と呼んでいる。青い目をしたお人形のような女の児なのだ。昨夜、伊勢爺の背中に乗って指圧をしてくれた。今、メリーランド州で、妻方の一家と恒例の夏休み。わがアメリカの家族やこのあたりの情景をお伝えしたい。伊勢平次郎 メリーランドにて、






maryland summer 09 001 (Small)
ウチのが甥の子供たちに物語を読んでいるところ。就寝前の読書。ボボも一生懸命に聞いている。

maryland summer 09 004 (Small)
頭のテッペンが白いイーグル。アメリカ合衆国の象徴だ。その巣の中に白い雛が二羽見えた。枝に親鳥がとまっている。

white house 6.09
ホワイト・ハウスの中を見学した。住み心地は悪いと感じた。今日、オバマは、大統領選で多額寄付した弁護士やビジネスマンを各国の大使に任命した。献金へのお返しだそうだ。さらに、対イラン外交はほとんど失敗しているとWPに書かれた。中国とロシアがイランを後押ししている。打つ手はないと報道官は正直。2〜3年で、イランが核を持つことは明確だ。

enolagay 1
これが、広島に原爆を投下したエノラゲイだ。B29である。説明書きには、「日本の広島に原爆を投下した。第二次大戦を終戦に導いた」とだけだった。見学者は子供連れの家族や、インド人など外国人が多かった。アメリカ人は、複雑な想いを抱いている。“どう思うか?”と聞いても、首を振るばかりだ。この意味するところは、アメリカも被爆国になる可能性があるからですね。因果は巡るということだ。

enolagay 2
広島・長崎の原爆投下を想い返すと、やはり、一部だが、アメリカ白人の尊大な態度に腹が立つね。“ネクスト被爆国はアメリカだろう”とワシントン・ポストにメールを出した。そして、“このエノラゲイはアメリカの恥だ。撤去しろ”と。

この程度にしておきます。伊勢平次郎 メリーランドにて、、

2009/06/15 (Mon) 「国難」その1
kim 6.09
日米韓の政府が、「金正日体制打倒を決断するとき」が間もなくやってくる。アメリカは月曜日の朝だ。李明博がワシントンに着く。「北朝鮮が核戦争を始める可能性と対策」をオバマと協議するためだ。







昨夜、ABC番組で、副大統領のバイデンは、以下のように述べた

"God only knows what he wants," Biden said of Kim. "There's all kinds of discussions. Whether this is about succession, wanting his son to succeed him. Whether or not he's looking for respect. Whether or not he really wants a nuclear capability to threaten the region. ... We can't guess his motives.

"We just have to deal with the reality that a North Korea that is either proliferating weapons and or missiles, or a North Korea that is using those weapons ... is a serious danger and threat to the world, and particularly East Asia," the vice president said.

“全く、キムの考えていることは判らない〜だが、間違いなく、世界と、特に極東に対して危険になった〜われわれは、この現実に取り組まなければならない”と。

obama biden
伊勢爺は。1967年のリンドン・ジョンソン時代からアメリカに住んでいる日本人だ。こんなに弱い政権を見たことがない。日本人はもはや、アメリカ人に頼ってはいけない。自国の防衛はその国民の義務であり、日本民族が生き残るための義務なのだ。愛する妻や子供たちのために死んでもいいじゃないか?死ぬことを恐れていては、始めから負けだ。朝鮮人に負けて堪るか!

1)伊勢爺は、オバマを疑っている

オバマが何を決断するか?全く、これも未知だ。最高司令官としての資質を持っているとは考えられない。この青い人間は、全てに失敗する可能性が高い。

2)そして、日本人に失望している

問題は日本の政情だ。日本人は、第二次大戦後最大の危機である「核戦争が朝鮮半島に起きる可能性」に対して「戦う意志」を示していない。伊勢爺はその半生を旅人のように過ごしてきた。地球の隅々を徘徊して見てきた。しかし、日本人のように、意志が薄弱な民族とその政府を見たことがない。千葉市長選などに目を奪われている日本の愚衆。そこには国難を自覚している様子が見えない。全てを、“こんな私に誰がした”と、誰かの所為にして、その日、その日をごまかして生きている。

3)政権交代で国難は去るのか?

鳩山・小沢の民主党に政権が代われば国難は去るのか?民主党のペテンに気が付かないのか?宥和性格のオバマに頼っていればいいのか? みなさん、よ〜く、胸に手を当てて考えてみましょう。民主党に傾く人を説得しましょう。 伊勢平次郎 メリーランドにて、、

付録

昨日のことだ。甥夫婦とその娘三人と息子とハイキングに行った。借りた家は丘の上にある二階家だ。ゴージャスではないが、全てがゆったりと、快適なデザインだ。その丘からチェサピーク湾に向かって森のソマ道を下がって行った。暗い森の中に大きな松が倒れていた。その上にこの“COPPERHEAD”という毒蛇が這っていたのだ。三角の紋々が黒緑の胴体にくっきりと。蛇さまは動かなかった。サイトで調べたら、北米東海岸に多く棲み〜体長は1メートル〜危険が迫るとじっと動かなくなる性質〜それで、よく道路で車に轢かれていると、、ところで、4歳のアンドレア(BOBOちゃん)は蛇を恐れなかった。往復4時間、水泳もして、それでも、その短い、まだ赤ちゃんの足で丘を登って帰ってきた。それから昼寝もせず、真夜中の12時まで起きて、ほたえていたよ。BOBOは、スペイン・アイルランド・フランス・ドイツの混血。大きな青い目をしている。「青い目のお人形」とはこの女の子のことだわな。伊勢

プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから41年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。現在は冒険小説「DUO」を書いている。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は時速300キロという猛禽。

もう1つの「nippon falcons league」は、英語広報です。http://bomanchu.blog81.fc2.com/ 

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