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管理人は、アメリカ南部・ルイジアナ住人、伊勢平次郎(78)です。
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12/06
芥子畑
aphgan opium

インドの北部、パキスタン、アフガニスタンで、芥子がよく育つ。それもモルヒネの含有量が20%にも達するという良質な芥子です。トルコ、ロシアのコーカサス、グルジアでも採取するが、モルヒネの含有量はインド産にはかなわないそうです。

芥子坊主

opium poppy keshibouzu

芥子は一メートルぐらいの高さである。芥子の花は牡丹のように大きく美しい。色は、紅、白、紫で青と黄はない。どれも単色ではなく、上が紅で下が白が多い。芥子坊主はテニスボールのサイズである。未熟な果実にカミソリで切れ目を入れる。その切れ目から淡紅色の乳液が噴出して、ローソクのように渇く。この乳液がモルヒネを含んでいるのである。これをへらでかき集め乾燥したものが生アヘンである。清の時代、中国ではこれをキセルに詰めて吸ったわけです。一分もすると、体中の痛みや悩みが消える。常習者になると、やがて廃人になる。実が熟すと植物体は枯死する。熟した果実の天頂に穴があき、径 0.5mm に満たない小さな種が飛び出す。このケシツブを北アフリカなどの治安のない地域に売る。日本でも八重咲の芥子の花が咲くが、国が管理する植物園でしか見られない。明治政府は開国後もアヘンを持ち込まさなかったんです。先人は賢いですね。伊勢

                                          ~続く~
12/05
阿片で巨富を得たユダヤ商人


阿片戦争は、清とイギリスの間で1840年から2年間にわたり行われた戦争である。イギリスは、インドで製造したアヘンを、清に輸出して巨額の利益を得ていた。アヘンの蔓延に危機感をつのらせた清がアヘンの全面禁輸を断行し、イギリス商人の保有するアヘンを没収・焼却したため、反発したイギリスとの間で戦争となった。イギリスの勝利に終わり、1842年に南京条約が締結され、イギリスへの香港の割譲他、清にとって不平等条約となった。ウイキペデイア

この記述は正確でない。阿片が儲かると気が着いたのは、デービッド・サッスーンというバグダッド生まれのユダヤ人です。バグダッドは当時、オスマン・トルコの統治下にありイギリスが揺さぶった為にイギリスに統治権を与えたんです。英国籍のサッスーンはその権力を利用して発見されたイラクの石油で儲けていたそうです。それに飽きて、富をインドのボンベイに移します。そこで、阿片を知るのです。伊勢

                                           ~続く~

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