2013/07/03 (Wed) スノーデン事件(その1)
Snowden Edward spy 7.2.13

エドワード・ジョセフ・スノーデン(Edward Joseph Snowden 1983年6月21日-)は、アメリカ合衆国の情報工学者。中央情報局(CIA)及び国家安全保障局(NSA)の局員として、アメリカ政府による情報収集活動に関わった。

2013年6月に香港で複数の新聞社(ガーディアン、ワシントン・ポストおよびサウスチャイナ・モーニング・ポスト)の取材やインタビューを受け、これらのメディアを通じてアメリカ国家安全保障局(NSA)による個人情報収集の手口を告発したことで知られる。「情報収集の手口というのは、NSAのPRISM PROGRAMのこと(伊勢)。2013年6月22日、米司法当局により逮捕命令が出され、エクアドルなど第三国への亡命を検討しているとされる。


生い立ち

1983年6月21日、アメリカ合衆国ノースカロライナ州ウィルミントン市に生まれ。父ロニー・スノーデンはペンシルバニア州籍でアメリカ沿岸警備隊に勤務し、母はボルティモア出身でメリーランド州の連邦裁判所職員を務めていた。国家公務員として公職に就く両親の元に育ち、後に自らもCIA職員として公職を務める事になる。16歳の時、母方の故郷であるメリーランド州のエリコット・シティに転居している

病気療養を理由に高校を退校した後、General Educational Development(中等教育修了証)を取得する為に地元のアン・アランデル・コミュニティカレッジ(短期大学)に入学して情報科学を学んでいる。BBCなどの報道では必要な課題をクリアできなかったとしているが、別の報道では試験を終えてGEDを取得したとするメディアもある。2004年5月7日、20歳の時にアメリカ合衆国軍に入隊して特殊部隊の新兵として配属されるも、訓練中の事故で除名されている[1][11]。スノーデンは「自由の為の戦い」を望んで当時勃発していたイラク戦争への派遣を自ら志願していたが、先述の事故で両足を骨折する重傷を負って派遣は見送られた。

NSA・CIAでの勤務

失意の中、治療を終えると国家安全保障局(NSA)からスカウトを受け、メリーランド大学言語研究センターの警備任務に配属される。またこれに前後して中央情報局(CIA)からも接触を受け、CIA職員として雇用されてコンピュータセキュリティに関連した任務に参加した。2007年にはスイスのジュネーヴでの情報収集に派遣され、同じくコンピュータセキュリティを担当した。

2008年、バラク・オバマ大統領当選(自身は第3党 (Third party) に投票した)を機に組織改革を期待してCIAを辞職、NSAと契約を結んでいた民間企業ブーズ・アレン・ハミルトン社に雇用されている。同社が在日米軍基地内のNSA関連施設での業務を引き受けた関係で来日経験があり[9]、日本語や日本の大衆文化(漫画・アニメ)に興味を持ったという。また中国語(普通話)や仏教などにも造詣を得た。ケース・アレクサンダーNSA長官はスノーデンとの契約は12か月間であったと説明している。

NSAでの勤務については「快適」で、待遇面でも20万ドル以上の給与を与えられていたという。2011年時点でリヴァプール大学に籍を置いていたと報道された。2013年5月、ブーズ・アレン・ハミルトンを通じてNSAのハワイ州にある拠点「クニア地域シギント工作センター」に赴任し、同拠点のシステムアドミニストレータに就任した。後の情報源となる、個人情報に関する機密文書に常時接触できる立場にもあった。


米政府による情報収集作戦の暴露

2013年5月、スノーデンはハワイのオフィスで告発の根拠となった文書(スノーデン自身のインタビューに先立って各紙で報道されたもの)をコピーした後、病気の治療のために3週間の休暇が必要だ、と上司に伝えたうえで、同月20日香港へ渡航。九龍尖沙咀のホテルにチェックインして以来、一時消息を絶った時期をはさんで、上記のマスメディアのインタビューを受け、アメリカ政府によって個人情報が収集されているとして、その手口とされる情報を発表した。

スノーデンはNSAは大手通信事業者、ベライゾン・ワイヤレスの加入者に関する通話情報を収集していた。情報には、通話者双方の電話番号~端末の個体番号~通話に利用されたカード番号~通話時刻~通話の所要時間、および基地局情報から割り出した通話者の位置情報が含まれる一方、通話者の氏名や住所などの個人情報は含まれておらず、通話内容に関しても記録・収集することは認められていなかったという。更にアメリカ情報機関はコードネーム「PRISM(プリズム)」と名付けられた検閲システムによって、電子メール~チャット~動画~写真~ファイル転送~ビデオ会議~登録情報など、インターネットにおける情報を広範囲にわたって収集していた。このシステムは、ハッカーのような方法をとらなくても、システムの基幹部から1000にも上るコンピュータシステムに侵入することができる。

スノーデンによると、NSAは世界中で6万1000件以上のハッキングを行っており、そのうち数百回以上が中国大陸と香港の政治、ビジネス、学術界を目標として行われ、香港中文大学もターゲットの一つだったという[32]。中国へのハッキングは2009年以降に活発化したとした。


英国の情報収集の曝露

英紙ガーディアンは、スノーデンが持ち出した極秘文書により、2009年4月のG20首脳会合と9月のG20財務相・中央銀行総裁会議において、英国政府の通信傍受機関の政府通信本部(GCHQ)が以下のような情報収集を行っていたことが判明したと報道した。*G20を有利に運ぶために、当時のブラウン政権高官の承認の元で実施されたとした。*各国代表団メンバーのノート型パソコンを通じ送受信される電子メールを情報収集プログラムで傍受。*代表団のスマートフォンに侵入して電子メールや通信履歴を入手。*通信傍受のために、偽のインターネットカフェを設置。

その他、NSAがG20でロシアのメドベージェフ大統領(当時)の衛星通話の盗聴も試みたとことも報道された。


スノーデンの主張

香港滞在中に、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストの取材に応じ以下のような主張を行った。

1)アメリカを離れて香港に移動したのは隠れるためではなく、アメリカの犯罪を暴くためである。
2)香港には退去の要請があるまで当分滞在する予定。
3)アメリカ政府は市民の同意を尊重せず密かに情報収集作戦を行っていたが、この曝露によって今後は社会への説明責任と監督が求められることになるだろうとした。
4)オバマ大統領は人権上問題のある政策を推進している。


逃亡

米司法省は情報漏洩容疑で捜査に乗り出した。スノーデンは、「表現の自由を信じる国に政治亡命を求めたい」として複数のメディアを通じてアイスランドへの政治亡命を求めたが、アイスランド政府は非公式な接触があったことを認めたものの、亡命を認めるかどうかについては言及を避けた。またアイスランドの入国管理当局は、スノーデンの要請は受け取っていない、とした。香港の滞在先ホテルを記者らに特定されたために、その後は弁護士の案内で個人宅に移動した。アメリカは同氏のパスポートの失行手続きをしたが、香港政府は手続き不備があるとしてスノーデンの出国を止めなかった。誕生日に弁護士らとささやかなパーティーを行ったのちに、6月23日スノーデンはロシア行きの飛行機に搭乗しモスクワのシェレメチェボ空港に移動した。エクアドル駐モスクワ大使館でエクアドル政府に亡命申請をし、同国のリカルド・パティーニョ・アロカ外務大臣は亡命申請を受け取ったとTwitterで表明した。アメリカは同氏の拘束をしなかった中国を非難するとともに、ロシアに対して同氏の拘束を求めたが、ロシア政府スポークスマンはこの問題に介入するつもりはないとした。スノーデンはモスクワ空港に到着したが乗り換え区画に滞在し、ロシアに入国していない状態である。スノーデンは弁護士を通じて空港内にある露外務省の領事部窓口に、キューバ、ベネズエラ、中国、スイスなど18カ国の国々に対して亡命申請を行った。ラブロフ露外相はスノーデンの居る場所はロシアの司法権は及ばない区画であり、アメリカの拘束要求には法的に応じられないと説明した。またプーチン大統領はスノーデンを仮に拘束した場合であっても米露間には犯罪者引渡しに関する協定が無いのでアメリカへの身柄引き渡しを拒否する姿勢を明らかにしたが、ロシア国外へはどこにでも行ける状態だとしてスノーデンを積極的にロシアに受け入れるつもりがない意図を表明していたが、後ほど亡命受け入れには、アメリカの利益とならない情報漏えいをしない確約が必要という声明を発表し、受け入れを示唆した。


ウィキリークスの協力

在英エクアドル大使館に滞在しているウィキリークスのジュリアン・アサンジは、スノーデンの支援を行っていることを明らかにしている。支援は航空機や宿泊先、弁護士の手配、通信の確保など逃亡生活を直接サポートする内容となっている。


各国の反応

アメリカ

連邦捜査局(FBI)のモラー長官はNSAの情報収集について、何ら違法性はないとの認識を示し、スノーデンの逮捕に向けて全力で捜査していると表明した。6月22日、司法省が逮捕状を取得。

イギリス

イギリス政府は、米国との安全保障協定(UKUSA協定)に基づき、航空各社に対し、国内にスノーデンを移送しないよう警告した。

ロシア

ロシアのペスコフ大統領報道官は、スノーデンが亡命を申請した場合、ロシア政府は受け入れを考慮すると述べた。

香港

梁振英・香港行政長官は、スノーデンの引渡しを米当局が要請する場合には、香港の法律制度に基づいて対処する考えを明らかにした。

香港の民主派・親中派など各議員、地元市民や香港在住の欧米人は、在香港米総領事館前でスノーデンへの支援を訴えたデモを行い、米政府による監視活動はプライバシーや人権の侵害だとして中止を求めた。また、米政府が犯罪人引き渡し協定に基づいて同氏の身柄引き渡しを求めても、香港政府はそれに応じずスノーデンを保護すべきだとして、香港政府庁舎前で訴えた。

香港紙、明報は、2013年6月18日に電話での世論調査を発表した。500人のアンケートの結果、米側への引き渡しを支持する人は20%だったとし、54%の香港市民が身柄引き渡しに反対しているとされた。 


伊勢爺の小説に似た事件である

伊勢爺の書いた[You Die For me](英語)の小説は、この米国情報局(NSA)が、ミシガン湖岸にあるカラマズー大学の日系二世、ヤマシタ教授をスカウトすることから始まる。ヤマシタ教授は、なんと、モロッコのカサブランカに行くように指示される、、

伊勢爺は、米メデイアがいう、スノーデンが中国のスパイだとは思わない。米メデイアは米国の視聴者を混乱させている。この青年には、“暴露することは、正義だ”と思っているふしがある。米情報局を敵にまわすというリスクまで取って、何故、暴露したのか?伊勢の答えは、未成熟な青年にありがちの正義感だと思う。ちょうど、地下鉄でサリンを撒いたオームの信者のように。“人間の世界を良くするためにやった”と信じている。

米連邦捜査局(FBI)の長官であるRobert Muellerは、“米国政府が情報を収集することは違法ではない米国司法省に100%協力する~スノーデン容疑者の逮捕に全力を尽くす”と語った。伊勢爺は賛成だ。2001年、このひとがブッシュにFBI長官を指名されたとき、Y新聞に“インタビューするべきだ”と進言したが、Y新聞サンホゼ支局長は興味を示さなかった。このように、日本の大手新聞社と言えども、一歩日本の外に出ると、盲人なのである。

スノーデンの父親は、前海上保安官だ。“アメリカに帰り~裁きを受けるように”と語っている。この青年は、善悪の分別がないのだ。ちょうど、日本のサヨクのように。ただ、反政府(DISSIDENT)なのである。dissidentというのは、「自らの信条が現体制と異なることに因る“相対的”な反体制と、権力そのものを忌み嫌う“絶対的”反体制の思想を持つこと。維新の石原や橋下も同じ人種である。

日本にも、自分では気が着かない「反権力」の思想を持つ者は多い。最近、伊勢爺さんを攻撃した多史うんぬんが例である。人間は不思議な動物である。自分を守ってくれるひとを攻撃する。ちょうど、犬が飼い主に噛み付くのと同じ現象なのである。だから、このスノーデンは、駄犬に過ぎないと思う。責められるべきは、NSA~CIA~ハミルトンの人選能力である。(続く)

                         ~~~

デレイニイは小型のジェット機でデンバーへ帰った。父親のダンからサンキューと電話があった。13歳の女の子にしては大人だったよ。それでも、保護者というのは重大責任の連続なんだわな(笑い)。明朝早く、このケンタッキーから南下する。もう一晩アラバマで泊る。伊勢爺さんは、5時間以上運転しないことに決めているからね。は、は、は 伊勢 ケンタッキーにて、、




comment

allco姉さま

ぼくは常々、CIAを批判してきた。ベトナム戦争も、今でも、米軍の劣等さを批判した。でも、dissidentではないです。この青年が自国の政府を、その大統領を犯罪者と言うなら、何故、香港で中国のメデイアにまで暴露したのか?本当に愛国者なら、このアメリカで米国国民に暴露するべきなのです。

それでは、何故、伊勢爺さんは、NSAには情報収集の権利があるとするのか?

1)情報収集そのものは犯罪ではないから。
2)犯罪はその情報を以って、犯罪行為をすることだから。
3)アメリカ情報局が、現在は、中国~前はソ連の世界の安全保障を脅かすことから、日本や、ヨーロッパや、南米を守ってきたから。
4)この世界一の民主主義国家~世界一の経済~世界一の軍事力がなければ、中国などの軍事拡張を許すことになる。つまり、アメリカに矢を放ったスノーデンは未成熟な人間となる。残念だが、維新の石原も、クチの軽い橋下もね、、伊勢
2013/07/03 21:54 | 伊勢 [ 編集 ]

面白い。
原理主義者とは違うのかな?
カルト的な心酔を感じると言うと、米国の安全保障に
失礼ですね。いや~面白い。
2013/07/03 18:15 | allco [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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