2013/08/07 (Wed) 「海外への発信力強化を図る」実を結ぶには
taigai kouhou team 8.1.13

1)政府:対外広報強化の検討チーム設置
毎日新聞 2013年08月01日 18時47分

 政府は1日、日本の政策や主張などを効果的に海外に発信する方策を検討する「対外広報戦略企画チーム」を設置し、初会合を官邸で開いた。沖縄県・尖閣諸島の問題を巡り、中国や台湾などが米有力紙に意見広告を掲載するなど海外世論への働きかけを強めているのを受け、省庁横断的な取り組みで日本の情報発信強化を図る。

 世耕弘成官房副長官をトップに、内閣官房、外務、経済産業両省などの局長らが参加。海外のオピニオンリーダーとの人脈強化、海外の有力シンクタンクとの連携強化などを検討する。

2)FNNの取材では

歴史認識をめぐっては、韓国政府も積極的に発信する構えで、朴槿恵大統領自身も、5月にアメリカ議会で「歴史に目をつぶる者は、未来が見えない」と、日本を念頭に批判的な演説を行うなど、国際社会へのアピールが繰り返されている。

そうした中、FNNの取材で、政府が、対外広報を強化するための新組織を、8月1日に立ち上げることが明らかになった。

「対外広報戦略企画チーム」と名づけられたこの組織は、世耕弘成官房副長官をチームリーダーに、新たに内閣広報官に就任した長谷川 榮一氏、内閣府、外務省、経済産業省、そして、国土交通省の担当者らで構成される。

このチームを通じて練り上げられる戦略は、1)主に海外の要人などとの接触を行う「個別折衝」、2)現地の日系企業などを通じた「交流」、そして、3)日本のソフトパワーを発信する「広報」。 この3つを柱に、海外への発信力強化を図る。

韓国・中国が、なりふり構わず対外アピールを打ち出す中、新たな「物言う日本」のソフトアピールは、実を結ぶのか。8月1日に発足するこのチームが、その鍵を握っている。 (FNN)






みなさん

官邸HPの意見欄 http://www.kantei.go.jp/jp/iken.html に、“在米46年の尾崎信義(伊勢)を「対米広報チーム」に加えるようにとメールを出してください。Mephist先生~Y新聞の旧友が応援してくれている。伊勢

comment

官民一体となり、従軍慰安婦を捏造する韓国は許せないけども、慰安婦像設置を許可したアメリカ人らも許せない。グレンデールの韓国人は人口の10%だと青山繁治さん。だが、カネを配って、人口の多いアルメニア人の賛同を得た。それで、市議会が動いた。全て、カネと票です。残念だが事実です。すると、日本も、きれいごとを言ってられない。伊勢

2013/08/07 11:43 | 伊勢 [ 編集 ]

慰安所:朝鮮人男性従業員の日記発見 
ビルマなどでつづる

第二次世界大戦中にビルマ(現ミャンマー)とシンガポールの
慰安所で働き、その様子をつづった朝鮮人男性の日記が、
韓国で見つかった。男性は、1942年に釜山港を出発した
「第4次慰安団」に参加し、44年末に朝鮮へ戻った。
慰安所従業員の日記の発見は、日韓で初めて。旧日本軍による
従軍慰安婦問題では、数十年たってからの証言が多いが、
現場にいた第三者による記録は、冷静な議論をする上で
貴重な資料と言える。

朝鮮近代経済史が専門で、慰安婦問題にも詳しい安秉直
(アンビョンジク)ソウル大名誉教授が見つけた。
約10年前にソウル近郊の博物館が古書店で日記などの資料を
入手。これを安名誉教授が最近精査し分かった。
堀和生京大教授と木村幹神戸大教授が、日本語訳の作成を
進めている。

日記は、朝鮮半島南東部・慶尚南道(キョンサンナムド)出身の
男性が、ビルマとシンガポールの慰安所で働いた43、44年に
記した。漢字やカタカナ、ハングルで書かれている。

男性は05年生まれで79年に死去。22年から57年までの
日記が残る。ただ、朝鮮で慰安婦募集に携わった可能性のある
42年を含む8年分は、見つからなかった。

男性は、43年7月10日に「昨年の今日、釜山埠頭(ふとう)で
乗船し、南方行きの第一歩を踏み出した」と記述。
44年4月6日には「一昨年に慰安隊が釜山から出発した時、
第4次慰安団の団長として来た津村氏が(市場で)
働いていた」と書いた。

ビルマで捕らえた慰安所経営者を米軍人が尋問し
45年11月に作成した調査報告書には、42年7月10日に
慰安婦703人と業者約90人が釜山港を出港したとの
記録がある。釜山出港の日付が一致し、日記の正確性を裏付ける。

安名誉教授は「米軍の記録が第4次慰安団を指すのは確実だ。
慰安団の存在は、組織的な戦時動員の一環として慰安婦が
集められたことを示している」と指摘する。ただ、
安名誉教授は、韓国で一般的な「軍や警察による強制連行が
あった」という意見に対しては、「朝鮮では募集を業者が行い、
軍が強制連行する必要は基本的になかったはずだ」
との見方を示した。

また、日記には「航空隊所属の慰安所2カ所が兵站
(へいたん)管理に委譲された」(43年7月19日)、
「夫婦生活をするために(慰安所を)出た春代、弘子は、
兵站の命令で再び慰安婦として金泉館に戻ることに
なったという」(同29日)などと、慰安所や慰安婦と
軍の関係が記されている。

一方、「鉄道部隊で映画(上映)があるといって、
慰安婦たちが見物に行ってきた」(43年8月13日)、
「慰安婦に頼まれた送金600円を本人の貯金から
引き出して、中央郵便局から送った」(44年10月27日)
など、日常生活の一端がうかがえる内容もあった。

◇従軍慰安婦問題

第二次大戦中に日本が支配した植民地や占領地などから
女性が慰安所に集められ、日本の将兵から性的被害を
受けたとされる問題。1990年に韓国の女性団体が
日韓両国に真相解明や謝罪、補償を求めたのを
きっかけに社会問題化した。日本政府は93年8月、
慰安所設置や慰安婦移送に旧日本軍が直接、間接に
関与したことを認め、「軍の関与の下に女性の名誉と
尊厳を傷つけた」と謝罪する「河野談話」を発表した。
ただ、女性の連行段階での軍の関わりについては、
第1次安倍内閣当時の07年、「政府が発見した資料には、
軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は
見当たらなかった」という答弁書が閣議決定された。

☆写真:
http://mainichi.jp/graph/2013/08/07/20130807k0000m040125000c/image/001.jpg

□ソース:毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20130807k0000m040125000c2.html
2013/08/07 10:35 | [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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