2013/11/20 (Wed) 再び安重根「これでも重要な隣国か?」
薬指を切った安重根



生誕 1879年9月2日
死没 1910年3月26日(満30歳没)
罪名 殺人罪(伊藤博文の暗殺)

安 重根(アン・ジュングン)1879年9月2日 - 1910年3月26日)は朝鮮において初代韓国統監を務めていた伊藤博文(日本の初代内閣総理大臣)を暗殺したテロリストならびに民族主義者。元死刑囚。

生い立ち

黄海道の道都・海州の両班の家に生まれる。東学党に反対していた安は追われてカトリック教会のパリ外国宣教会のジョゼフ・ウィレム(Nicolas Joseph Marie Wilhelm)司祭に匿われ、洗礼を受けキリスト教に改宗した(洗礼名は「トマス」)。教育関係の仕事を経た後、1907年の高宗の強制退位と軍隊解散、それに伴う義兵闘争の高まりのなかで危機感を募らせウラジオストクへ亡命、そこで「大韓義軍」を組織し、抗日闘争活動に身を投じる。死ぬまでカトリック信仰を持ち続け、妻への最後の手紙では、自分の息子が聖職者になるように尋ねたりもしている。
伊藤博文暗殺[編集]

1909年10月26日、伊藤博文(暗殺当時枢密院議長)は満州・朝鮮問題に関してロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフと会談するためハルビン(哈爾浜)に赴いた。午前9時、哈爾浜駅に到着し、車内でココツェフの挨拶を受けた後、駅ホームでロシア兵の閲兵を受けていた伊藤に、群衆を装って近づいた安重根の放った銃弾3発が命中、伊藤は約30分後に死亡した。狙撃後、安重根はロシア語で「コレヤ! ウラー!(韓国万歳)と大きく叫んだ。

安重根はその場でロシア官憲に逮捕され、2日間拘留された後、日本の司法当局に引き渡された。留置中に伊藤の死亡を知った際、安は暗殺成功を神に感謝して十字を切り「私は敢えて重大な犯罪を犯すことにしました。私は自分の人生を我が祖国に捧げました。これは気高き愛国者としての行動です」と述べたという。

大韓帝国のカトリック教会の司教からは大罪を犯した安重根にサクラメントを施してはならないという命令が出されたにもかかわらず、懇意であった洪司祭は彼のもとを訪れ支えとなった。彼も収監中は官吏に対し自分を洗礼名で呼ぶよう主張したといわれる。 

抗日闘争に際しての彼の決意の堅さを表すエピソードとして、同志とともに薬指を切り、その血で国旗に大韓独立の文字を書き染めた「断指同盟」の逸話も伝わる。

動機

伊藤博文を暗殺した動機として、安重根は検察官の溝渕孝雄に尋ねられた際、15の理由を挙げた。

一、今ヨリ十年バカリ前、伊藤サンノ指揮ニテ韓国王妃ヲ殺害シマシタ。
二、今ヨリ五年前、伊藤サンハ兵力ヲ以ッテ五カ条ノ条約ヲ締結セラレマシタガ、ソレハミナ韓国ニトリテハ非常ナル不利益ノ箇条デアリマス。
三、今ヨリ三年前、伊藤サンガ締結セラレマシタ十二ケ条ノ条約ハ、イズレモ韓国ニトリ軍隊上非常ナル不利益ノ事柄デアリマシタ。
四、伊藤サンハ強イテ韓国皇帝ノ廃位ヲ図リマシタ。
五、韓国ノ兵隊ハ伊藤サンノタメニ解散セシメラレマシタ。
六、条約締結ニツキ、韓国民ガイキドオリ義兵ガ起リマシタガ、ソノ関係上、伊藤サンハ韓国ノ良民ヲ多数殺サセマシタ。
七、韓国ノ政治、ソノ他ノ権利ヲ奪イマシタ。
八、韓国ノ学校ニ用イタル良好ナル教科書ヲ伊藤サンノ指示ノモトニ焼却シマシタ。
九、 韓国人民ニ新聞ノ購読ヲ禁ジマシタ。
十、 ナンラアテルベキ金ナキニモカカワラズ、性質ノヨロシカラザル韓国官吏ニ金ヲ与ヘ、韓国民ニナンラノ事モ知ラシメズシテ終ニ第一銀行券ヲ発行シテオリマス。
十一、韓国民ノ負担ニ帰スベキ国債二千三百万円ヲ募リ、コレヲ韓国民ニ知ラシメズシテ、ソノ金ハ官吏間ニオイテ勝手ニ処分シタリトモ聞き、マタ土地ヲ奪リシタメナリトスト聞キマシタ。コレ韓国民ニトリテハ非常ナル不利益ノ事デアリマス。
十二、伊藤サンハ東洋ノ平和ヲ攪乱シマシタ。ソノ訳ト申スハ、日露戦争当時ヨリ、東洋平和維持ナリト言イツツ、韓皇帝ヲ廃シ、当初ノ宣言トハコトゴトク反対ノ結果ヲ見ルニ至リ、韓国民二千万ミナ憤慨シテオリマス。
十三、韓国ノ欲セザルニモカカワラズ、伊藤サンハ韓国保護ニ名ヲ借リ、韓国政府ノ一部ノ者ト意思ヲ通ジ、韓国ニ不利益ナル施設ヲ致シテオリマス。
十四、今ヲ去ル四十二年前、現日本皇帝ノ御父君ニ当ラセラル御方ヲ伊藤サンガ失イマシタ。ソノ事ハミナ韓国民ガ知ッテオリマス。
十五、伊藤サンハ、韓国民ガ憤慨シオルニモカカワラズ、日本皇帝ヤ、ソノ他世界各国ニ対シ、韓国ハ無事ナリト言ウテ欺イテオリマス。

投獄と最期

1910年2月14日、安重根は旅順の関東都督府地方法院で死刑判決を受けたが、彼は判決そのものが不当であると憤慨した。裁判を統轄した判事は、死刑執行までに少なくとも判決後2、3か月の猶予が与えられるとしていたが、日本政府中央は事件の重大性から死刑の速やかな執行を命じた。安は上訴を行い、担当検察官であった溝渕孝雄へ自らの随筆「東洋平和論」を書き終えるために必要な時間の猶予と、死刑の時に身に纏う白い絹の衣装を一組与えてくれるよう願い出た。
3月26日、死刑が執行された。安の死から更に5か月後の8月29日に、日韓併合により大韓帝国は消滅した。なお、この元総理殺人犯の死刑を執行した関東都督府の当時の都督大島義昌は、安倍晋三総理の高祖父にあたる。

獄中における日本人との関わり

投獄された安重根の監視を任ぜられた日本人看守の千葉十七は、当初は伊藤を暗殺した安を憎んでいた。ところが、話を重ねるごとに千葉は安の思想に共感を覚えるようになっていった。安は処刑の直前、千葉に向かって「先日あなたから頼まれた一筆を書きましょう」と告げ、「為国献身軍人本分」と書いて、署名し薬指を切断した左手の墨形を刻印した。そして彼は、「東洋に平和が訪れ、韓日の友好がよみがえったとき、生まれ変わってまたお会いしたいものです」と語ったという。千葉は終生、安の供養を欠かさなかった。

また、当時の旅順監獄の典獄(刑務所長)であった栗原貞吉も安の願いを聞き入れ、煙草などの差し入れをしたり、法院長や裁判長に掛け合い、助命嘆願をするなど便宜を図っていた。処刑前日には、絹の白装束を安に贈った。死刑執行後、栗原は安の死を悔やんで故郷の広島に帰った。

後世の評価

安重根への評価は、日本の朝鮮支配に対する立場などを反映し、各国によって大きく異なっている。

*韓国

大韓民国において安重根は、抗日闘争の英雄と評価され、「義士」と称され、国民的英雄である。ソウル特別市には安の偉業を伝える「安重根義士記念館」が1970年に建設されている。彼の功績を称えて、韓国海軍では、2008年に完成した孫元一級潜水艦3番艦の艦名に「安重根」を用い、同様の理由でテコンドーの型にも彼の名は用いられている(国際テコンドー連盟4級で習得する安重)。また伊藤博文暗殺から100年にあたる2009年10月26日にはハルビンで記念式典が開催された。また、伊藤の暗殺という事実だけでなく、彼の唱えた「東洋平和論」や教育啓蒙活動など彼の思想を証明する動きも活発になっている。国際的なスポーツ大会(特にサッカー)でも彼の肖像画がしばしば使われる事があり、2013年7月28日に行われた東アジアカップ・日本-韓国戦でも、『歴史を忘れた民族に未来はない』という横断幕や李舜臣の肖像と共に掲げられた。

一方、2013年、韓国大統領朴槿恵は訪中当時、中国国家主席習近平と安重根記念館設立を提案した。

*北朝鮮

朝鮮民主主義人民共和国においては、安重根の救国の意志は認めるものの、その手段としての「暗殺」は評価しない。教科書では金日成の反面教師のように扱われる。

北朝鮮がこのようなスタンスを取っているのは、安重根が両班という、すなわち社会主義における階級闘争によって糾弾されるべき立場の人間(ブルジョワジー)であるためとされる。

2009年10月24日付けの週刊誌『統一新報』では「歳月が流れても祖国と民族のために捧げた愛国者の人生は、民族の記憶の中に永遠に残ることになる」としながら「卓越した指導者にめぐり会えず個人テロに頼らざるを得ず、ついには命を投げ打っても独立の念願を果たせなかった民族の風雲児」であるとした。

*日本

安重根は日本の「維新の元勲」を殺害した(もしくはそれを試みた)が、その行為には様々な意義づけが存在する。

1)鉄砲玉

ロシア国籍の朝鮮人、金某が安重根に手引きしてやらせたという説がある。なお、金某を含めロシア国籍の不逞朝鮮人はシベリア奥地に移住させたとされる。

2)テロリスト

伊藤博文は韓国を日本の被保護国に留めることを志向し、日韓併合に慎重な立場であったため、伊藤の暗殺は逆に併合を加速させることになったとして、安重根は「先の見えないテロリスト」と評される。

伊藤博文研究者の伊藤之雄京都大学教授は、近年発見された伊藤のメモに「韓国の富強の実を認むるに至る迄」という記述があったことから、「伊藤博文は、韓国を保護国とするのは韓国の国力がつくまでであり、日韓併合には否定的だった事を裏付けるもの」としている。

伊藤博文暗殺の理由の一つとして安は「伊藤博文は明治天皇の父親を殺した」と述べていた。そのため安は「天皇が朝鮮独立を望んでいるにも関わらず、進展がないのは伊藤が逆らっているからだ」と考えるようになった、と推察できる。

3)義士

韓国支配の象徴的存在であった伊藤の暗殺は、民族の独立を願う志士の純粋な行動として、幕末の勤皇志士につながるところがあり、安重根の裁判を担当した日本の検事から「韓国のため実に忠君愛国の士」と感嘆の声があがるほどであった。これは、立場が違っても、相手を忠義の志士と見れば、一定の敬意を払う武士道的倫理観によるものである。戦後新右翼の代表的な論客であった野村秋介も、安を「尊敬する歴史上の人物」に挙げている。

4)人身御供

伊藤博文の随行員として事件現場にいた外交官出身の貴族院議員である室田義文が、伊藤に命中した弾丸はフランス騎馬隊のカービン銃のものと証言しているのに、安重根が所持していたのはブローニング拳銃である。弾丸は伊藤の右上方から左下方へ向けて当たったと証言している。ことなどから、伊藤に命中した弾丸は安重根の拳銃から発射されたものではない、という説がある。この説においては安重根は事件の真相を闇に葬るための人身御供とされる。

*中華人民共和国

伊藤博文暗殺の現場となったハルビン市のある清には、少数民族として朝鮮族が居住しているほか、韓国人も外国人として在留している。中華人民共和国では、安重根が「日本の首相経験者を暗殺した人物」として高い知名度を持っている。しかし中国政府は、安重根の評価は反日勢力を刺激し、国内の社会不安を増大させるとして、積極的な評価は行っていない。

2006年には、韓国人によってハルビン市に4.5mの安重根の銅像が建設されたが、「外国人の銅像建設は認めない」として当局により撤去された。伊藤暗殺から100年にあたる2009年10月26日には同市で記念式典が開かれることになったが、ハルビン駅近くの中央大街公園広場での開催は許可せず、朝鮮民族民芸博物館での開催となった。また旅順市の戦争陳列博物館で安重根の特別展が開かれたが、「国際抗日烈士展示館」と安重根の名前は出さない曖昧なものにさせ、慰霊や記念式典は認めなかった。

その他

千葉十七(及びその妻)の墓がある宮城県栗原市(旧若柳町)の大林寺には、1981年に安重根の顕彰碑が建立された。また、1992年9月6日からは日韓合同で毎年、安重根・千葉十七夫妻の合同供養が執り行われている。

安重根の息子・安俊生は親日家であった。1939年10月15日に博文寺を訪問、博文に対して焼香した。さらに翌10月16日には、朝鮮ホテルで伊藤博文の息子である伊藤文吉と面会、写真も残されている。


伊勢爺の悩み

言うまでもない、隼機関は「日韓国交逐次断絶」を望む同志の機関である。朴クネ韓国大統領は性懲りもなく「安重根の銅像をハルピンに建てる」許可を中国政府に要請したと報道された。管(すが)官房長官は、「安重根は犯罪者である」と日本政府の従来通りの認識を発表した。

伊勢爺は、安重根がテロリストと刻印を押された犯罪者なのか、祖国を思う愛国者なのかを判断して決める立場ではない。だが、安倍晋三総理大臣の「優柔不断」に嫌悪感を抱いている。優柔不断は指導者には不適格だからだ。

今日は、これまでとする。また、このエントリーに限り、「コメント承認」を解除する。自由に書き込んでよろしい。伊勢平次郎 ルイジアナ




comment

言っときますが、大明神。
拙者は伊勢大明神が好きだとか嫌いだとかで此れまで言って来たんじゃないですよ。 それだけは誤解されないで下され。
常に是是非非で言ってきたと積りです。 
2013/11/21 09:56 | [ 編集 ]

<大明神。このように自由投稿にされれば、的を得ているかはどうかは判らぬが、義侠心から必ず反対意見が出てき申す。 これがいい事だと拙者は考える。

よっしゃ、わかった。

<WEB言論=何でも自由ということではありませんよ。

ろむ先生、有難うね。伊勢
2013/11/21 09:40 | 伊勢 [ 編集 ]

>WEB言論=何でも自由ということではありませんよ。
いわずもがな。

>それじゃぁそこらへんの田舎のコンビニで地面に座り込んで菓子やジュースを杭ながら、一心不乱に携帯をいじっている白痴の不良と変わらない。

こういう極端な例を引かれても困る。

>反論があってもきちんと敬意を持って接したらいかがか。

一国の総理大臣に対する敬意を書いた意見を呈する反論にはどうレベルが相当かと存じる。 これが伊勢じいさんでも誰でも同じこと。

>最近は子供の教育と人権がごっちゃになりすぎて、きちんとした教育を受けられない不幸な方が増えているような気がする。

一緒にされては迷惑千万。

大明神。このように自由投稿にされれば、的を得ているかはどうかは判らぬが、義侠心から必ず反対意見が出てき申す。 これがいい事だと拙者は考える。


2013/11/21 09:12 | [ 編集 ]

WEB言論=何でも自由ということではありませんよ。
それじゃぁそこらへんの田舎のコンビニで地面に座り込んで菓子やジュースを杭ながら、一心不乱に携帯をいじっている白痴の不良と変わらない。
伊勢じいさんは自身の貴重な時間を割いてソースを提供し、これまた貴重な経験から得られた知見を提供してくれている。
反論があってもきちんと敬意を持って接したらいかがか。
最近は子供の教育と人権がごっちゃになりすぎて、きちんとした教育を受けられない不幸な方が増えているような気がする。
2013/11/21 08:26 | ろむ [ 編集 ]

>落第なのさ

いやいや。 何をおっしゃるうさぎさん。 そんなことはない。 落第なのはおんしの投稿検閲承認制度。 Webという言論の世界では恥ずべき行為だと思う。 自由投稿をこのまま続け為され。
2013/11/21 04:51 | [ 編集 ]

は、は、は また来てるよ。伊勢は反安倍じゃないよ。経済政策や、東北復興や、原発や、対韓国や、対沖縄まで含めて落第なのさ。伊勢
2013/11/21 04:37 | 伊勢 [ 編集 ]

いや。 安倍総理大臣は誰がなんと言おうと立派なもんだ。
良い方向に向かっている。 外遊はもっとしなければ成らないと思う。
けちなことを良いなさんな。 外遊費用で国は潰れん。
2013/11/21 02:56 | [ 編集 ]

上の投稿さん

この二つの記事は「お花見記事」です。カロラインが駐日米国大使になったこと=韓国、中国が変わるって?お考えが幼いんじゃない?まず、アメリカ政府は巨大借金を抱えている。国債の利払いだけで、日本の国家予算を遥かに超える。つまり、アメリカにとって、日中韓に軍事経済上の紛争は困るわけだ。

安倍総理が内憂外患を抱えているのは、オバマは理解できる。伊勢爺も理解している。ただね、性格を強くしなければ、その難題を超えられない。今のところ、中韓に抵抗しているが、ソリューションを持っていない。外遊に熱心だが、、

安倍総理の問題は靖国参拝じゃないね。経済だ。貿易赤字の意味するところが理解できないようだ。日本の経済力が疲弊して行くという意味だよ。これは、安倍政権が一年になるが、原発再稼動が出来ていないからだ。口実だけは用意しているが。拉致問題とおなじで、本人に熱意が見られない。ただ、北朝鮮が折れるのを待っているだけだ。靖国参拝も口だけだ。そこに誠意などはない。“参拝したいが、中韓が怖くて行けない”と聞こえるよね。

伊勢爺は、アベノミクスは不発で終わり~巨大な借金だけを遺すと見ている。日本の国民の生活水準は下がる。伊勢
2013/11/21 02:50 | 伊勢 [ 編集 ]

2013/11/21 01:39 | [ 編集 ]

kenji先生

<なぜ彼に心酔した日本人がいたか、それがわからない。

日本人にも卑怯者は多いし、「善悪」に分別がない者は多い。だから、安重根に同情した者はいくらでもおるでしょう。仏寺の住職などには、「日の丸」「君が代」に反対する者が多いよ。これは神道に反対だろう。北カリホルニアのバークレー大学や、ハワイ大学でそれらの仏教徒が教えているしね。宗教の立場からの価値観だから、「信教の自由」を盾としているわけだ。この安重根もカトリック教徒という仮面を被っているしね。

安倍総理大臣は、何時(いつ)になれば、靖国に参拝するのだろうかね?別に、参拝しなくてもいいが、「二枚舌」と言われるよ。だから、伊勢爺は政治が嫌いなんだ。伊勢

2013/11/20 17:51 | 伊勢 [ 編集 ]

小学生のとき先生は安を英雄のように教えた。帰るとき同級生が<伊藤博文覚悟>といて、桜の枝で、さすようなまねをした。
そのとき<馬鹿、安はピストルで、やったぞ>というと、彼はあっという表情をして、<ピストルじゃあ、卑怯だ>といった。
 私も、そのように思った。日本人と朝鮮人の違いでしょう。
安についていろいろしらべたが、典型的な口だけの朝鮮人だなあと思う。彼はロシア領にすんでおり、やんばん出身です。
 その顔を知ることはずっとあとだが。はじめてみたときの第一印象は、気のぬけた表情棚と思った。
 なぜ彼に心酔した日本人がいたか、それがわからない。
朝鮮人の愛国者はもっと別な領域にいるとわたしは見ている。
 しかしある種の朝鮮人でしょう。日本人は彼は卑怯だが普通の感覚ではないか?
2013/11/20 11:57 | kenji [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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