2014/01/11 (Sat) アメリカの報復・ドーリットル空襲(日米戦争その12)


B-25 ミッチェル爆撃機は米陸軍爆撃部隊に所属する。航続距離の長いことが特徴だった。これを空母から発進できるかとテストをした。

japan territory

1942年4月1日、16機のB-25を搭載した空母「ホーネット」および護衛の巡洋艦3隻、駆逐艦3隻はサンフランシスコから出撃した。途中、空母「エンタープライズ」と巡洋艦2隻、駆逐艦4隻と合流し、日本へ向かった鹿島灘沖まで日本軍に見つからず日本本土に接近していた(4月18日)。16機は鹿島灘から侵入して茨城県上空で散会した。東京が空襲されたのだ。綾瀬あたりは木造の家が多かったので、機銃照射や火災によって死者が出た。数機がグループを作っていて、横須賀の日本海軍基地や燃料タンクを爆撃した。大阪も爆撃された。数機は名古屋を爆撃して、四日市から和歌山沖へ出た。そこから宮崎県沖で日本の軍用船を撃沈して、中国の浙江省(北に上海がある)に不時着した。一方の日本軍は、水戸、土浦、木更津、横須賀、浜松、鈴鹿、、九州各県には海軍および陸軍飛行場や飛行学校があった。99式艦攻や飛燕が飛び立ったが、みんな空振りで終わっている。本土防衛の訓練がなかったのだ。攻めることしか考えない日本人の欠点である。山本五十六も、山下奉文も、、


doolittle 4
















蒋介石の国民革命軍に守られるはずだったが、日本軍につかまった。憲兵に連行されて、後上海で裁判に掛けられて、パイロット2と機銃士1が処刑された。残る5人は赤十字社が交渉して、上海の教会で保護した。ある飛行士は戦争が嫌いになり宣教師になった。伊勢は、「兵士を処刑するべきでない」の信者である。


doolittle and roosevelt

ドーリットルは生還した。だが、多くの軍人が「ドーリットルは飛行士を無駄に死なせた」と批判を浴びせた。「軍法会議にかけろ!」と。だが、ルーズベルトは、ドーリットルを英雄にすることにした。これが、対日プロパガンダの始まりだった。ルーズベルトは、大嫌いであったマッカーサーに、コレヒドール脱出を命令して生かしておき~英雄に仕立て上げた。なぜなら、ルーズベルトは、国民に「日本軍は弱く~米軍は日本軍を殲滅した」と嘘を撒いていたからだ。ばれると大騒動になるので、米国内向けの嘘宣伝をバラ撒いていた。現在では、WWII・MAGAZINEや生き残った米兵の出版物で「ルーズべルトは嘘を国民に着いていた」と書かれている。一方で、ルーズベルトは米経済を大恐慌から脱出させて失業者を救った。それが理由で、嘘は許されて~米国史上のベスト大統領となっている。現在でもだ。皮肉だね~。伊勢平次郎 ルイジアナ







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comment

kenji先生

本当にわれわれは知らないよね。原因は、大本営は事実と反対の嘘を発表したから。

「ゼロ戦は格好がいいだけで、性能は良くなかった」と本田稔さんです。源田実さんも同じことを言っている。「双翼機のほうがいいくらいだ」とね。フロリダの米空軍博物館にゼロ戦も、紫電改も天井に釣ってあった。退役パイロットのお爺ちゃんが「ゼロは原始的な戦闘機で信頼性が低い。紫電改は優秀な戦闘機だ」と言ったよ。

ニューギニアの米空軍基地は巨大だったからね。そこから大型の爆撃機が日本本土に飛んでくることを恐れた。だから、対抗手段にラバウル航空隊。本田稔さんもラバウルにいたけど、米軍機の大きさや高度と速度に驚いたと。何しろ、1000馬力のゼロ戦ではと。昭和18年に入ると、ゼロ戦はまったく役に立たなくなったと。米軍の改良された戦闘機とその編隊の大きさです。バターン死の行進の記述は、要注意だと思う。記録などはなく~伝え話しが資料になっているのでね。伊勢
2014/01/13 16:00 | 伊勢 [ 編集 ]

ゼロ戦に無線機を積んだが効果がないので、おろして、戦闘をしたという。飛行機同士の連絡ができない状態でしたという。
 この悲惨さには絶句した。調べれば調べるほど、よくやったと思うとともに、なんともいえない感情がわいてきます。
 飛行機はゼロ戦だけではなく、紫電改や烈風を開発した人々も優れています。
 とにかく知らないことが多い。
たとえば第一次世界大戦後、南洋諸島を信託統治したが、ここが日本の縄張りになったことで、わが国は対米戦を考えることが可能になったが、それらの島を対米戦として構築はしなかった。

 それと何故オーストラリア方面へ侵攻したか?これがわからない。
サイパン、ガムに軍事基地を作ればいいし、またわざわざ遠くまで行かずとも、亜米利加は西太平洋に進出してくることが見え見えで、そこで迎え撃つことも可能でした。

 コレヒドール要塞も袋のねずみだから、そのまま封鎖をつずけておけばいい。すると亜米利加世論が動く。亜米利加は助けに来るに決まっている。ソコデ海戦をもくろめばいい。それまで、封鎖をすればいい。何故そのように考えなかったのか?
 後智恵に過ぎないとは思うが、それでもと思う。

パターン死の行進というが、アメリカ兵は荷物を持っていない。それを護衛した日本兵は60キロちかい荷物を背負っていた。アメリカ兵が倒れる前に日本兵が倒れる。
 とにかく、調べ始めると、よくやったとともに、なんともいえない感情がわいてきて、思わず目を瞑る。
2014/01/13 14:08 | kenji [ 編集 ]

Mephist先生

なるほど、工作機械を造る工作機械ですね。戦時中には航空技術力が100倍にもなったと。

日米、米独、米露には、戦争はないと思う。チャイナを包囲できるのは、日米の合同戦力です。チャイナは、日本と同じく資源がない。人口多く食料も自給自足が出来ないと思う。すると、チャイニーズにはうんと働いて貰って~見返りに必要な物資を買えるようにしてやる、、というのが軍事挑発を抑えるのかな?また、尖閣の日本領域に侵入した。これ、ハラススメンとなんだ。シーシェパードのようなものと思う。上陸しない限り、荒っぽく扱う必要はないと思う。伊勢
2014/01/12 20:34 | 伊勢 [ 編集 ]

Mephist先生

<マッカーサーが最後に述べたという、「太平洋戦争は日本自衛の戦争であった」というのは、ある意味正しいということになると思います。

あの発言には、トルーマンは困ったようですね。1978まで未公開だったから。公開された文書は多くの部分が削除されていたしね。今でも、公聴会の記録映像は未公開です。マッカーサーは「日米戦争は避けられた」と言いたかったと思う。つまり、「あなた方、ワシントンの政治家にも責任がある」と非難したように聞こえる。クリステインにそう言ったら、「ワタシもそう思う。マッカーサーは、自分の政府を批判したんだから」と。

昨日朝、コーヒーと軽食のとき、若者~女性~退役軍人は、「戦争にはうんざりだ」と。「戦争には坂を転げていく、モーメントがあり~大量破壊兵器を考え付き~ウオーモンガーが「軍」という巨大な官僚組織のトップとなり~抵抗する術のない市民が犠牲になる」と。現在の仮想敵国は、チャイナとキタチョウセン。どうも、チャイニーズも戦争にはうんざりじゃないのかな?習近平が戦争を指導するとは思われない。あの顔からは(笑い)。

本著は、二部(上下巻)にする他ないようです。一冊では膨大な内容を包みきれない。懐石料理を3分で作るがごとし。上巻を二月末~下巻を5月かな。
2014/01/12 17:00 | 伊勢 [ 編集 ]

伊勢殿
工作機械の件は大体軍板あたりの話です。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1186390996
探すのが大変なので、上記でご勘弁ください。
結局、ないない、のないの一つです。

なおご存じの通り、日華事変は文字通り戦争ですらないということからも分かる通り、やる気はなかった。陸軍も出来ればソ連に備えたかった。だが、起こってしまった。何らかの政治的決着を見るべき武力衝突だったわけで陸軍もやめたかったのですが、これまたトラウトマン工作挫折により「南京政府を対手とせず」となってしまった訳です。この時点で手詰まりです。
(大変失礼な物言いですが、中国軍がもう少し精強であり、南京攻略に手間取る様であれば交渉は上手く行ったかもしれません。日本軍が精強なのは良いことですが、交渉を壊してしまう程だったとすると、これまた困ったことです。)

マッカーサーが最後に述べたという、「太平洋戦争は日本自衛の戦争であった」というのは、ある意味正しいということになると思います。同様に侵略戦争であったというのも正しいのです。弱者は滅びるのですから。相対的に、局地的にでも弱者となれば少なくとも被虐民となる。日清日露と勝利を積み重ね、屍を積み重ねた誇り高き国民には受け入れられない現実だと思います。
2014/01/12 11:27 | Mephist [ 編集 ]

Mephist先生

今、読んでて涙が出そうになった。この本はどうしても書く決意です。この工作機械の話しは、こちらの資料では出ないね。戦後のアメリカの学者らは凄い研究量だのに。こういう裏事情に敗戦の真実があるんですね。あなたは、どこで知ったの?大学の教室で教授のはなしですか?こういう、戦争の主たる理由や、負けた理由を防衛大学で教えてるのかな?メールで、恵先生に聞いてみる。

<座して植民地支配を受けるか、乾坤一擲の戦争を仕掛けるかの二つに一つとなったのは、必然と思われます。

う~む、資料を読むにつれて、1937の盧溝橋から中国内部へ侵攻したのは誤算だと思う。どうでしょうか?

ゼロ戦の設計者は堀越二郎かな?パイロットも防備の軽さを熟知していたと思う。これを無謀と言うのは戦後生まれの低脳ら。欧米はそのコモンウエルスをどんどんアジアに拡げていた。日本が最後尾の帝国。つまり、資源獲得競争に参加した。競争は当然、戦争になった。この資源戦争というプロセスで、6600万人の命が失われた。日本は330万人です。20%ですから、大きい。

今から振り返ると、戦争というのは「数学」なんだと思う。今も、そこは同じですね。ブッシュは数学が出来ない。オバマも理工系じゃない。ルーズベルトの経済顧問はジョン・ケネス・ガルブレイス。当時25歳のカナダ人。ぼくと、読売の経済部記者がボストンへ飛んでハーバード大の近くの教授の自宅を訪ねインタビューした。教授が亡くなる二年前だった。教授は92歳で亡くなった。

「ルーズベルト大統領は経済は解っていたか?」おざき。

「いや、一晩考えさせてくれと言った。普通の人だが、大体、判断を間違わなかった」と、ガルブレイス教授。

「ニューデイール政策は成功したんですか?」

「いいや、カネを増刷して雇用だけが出来たが、テネッシー・バレー計画という電力増教の目標は、世界大戦が終わった後の好景気によってようやくペイオフ出来た」

ケネデイのときに、教授はインド大使となった。

「あの中印戦争ではインド軍はどうでしたか?」

「わたしも心配だったので、インド外務省に聞いたら、わが国の総司令官が中国軍の捕虜になっているからね」と答えたので、不謹慎だったが、大笑いとなった。

このインタビューのテープを今も持っているけど、公開できない。読売に訴えられるのよ。本著には入れておくけどね。新聞記者が関心を持つから。

インタビューに出かける朝、ケンブリッジのホテルから横浜の姉と電話で話した。姉は「母が危篤だ」と言ってから、受話器をわが母の胸の近くに持っていった。ゼイゼイという呼吸音が聞こえてきた。真夜中のフライトでサンホゼの支局に帰った。「あの電話の後、母が息を引き取った」と姉が言った。

あなたの解説は科学者の世界からみた日米戦争の分析。たいへん価値があります。Keniji先生の「秘密は漏れるもの」というのも真実ですね。NSAのスノーデンがそうだからね。本著に「対話形式」で載せます。伊勢
2014/01/11 23:51 | 伊勢 [ 編集 ]

kenji殿
幼少時における、それら大半の疑問は資源不足によるものです。そして残る半分は技術力によるものです。
現代においてもほとんど同じですが、マザーマシンと呼ばれる基準機を作り出す能力が日本にはありませんでした。
具体的に言えば、高精度な工作機械ですね。
それを職人がカバーするという図式で戦ってきたわけです。
これは、技術要求レベルの上昇に伴う人的資源の不足ともいえます。
また遅れていた分野としては冶金学があります。これは現代でも一部技術は欧米に敵いません。

例えばドイツと日本では高射砲や戦車の数が圧倒的に違いますが、これはなぜか。
一つの理由が海軍です。そのリソースを海軍に割かざるを得なかったのです。
またB29を叩ける戦闘機がなぜなかったか?
一つは工作機械の問題ですが、もう一つはレアメタルの入手性の問題です。ニッケル、マンガン、コバルトを潤沢に使用できるなら排気タービンも早い段階でできていたでしょうし、十分な量のドイツ製工作機械があれば、二段過給機も作れたでしょう。ゴムも十分にあれば、潜水艦に防振装置を付けてあげられたでしょう。
しかし、それはなかった。満州にもなかった。
結局援蒋ルートの問題もあり、それらを求めて仏印、蘭印などに進むことになった訳です。
そしてご存じの通り、対米戦のPoint of No Returnとなった訳です。
「無いから取りに行く。取りに行ったから経済制裁を受ける。困窮するが故に採りに行く。」
あらかたこんな話でしょう。
国民は戦意高揚され、弱腰外交ではクーデターの危険すらあり、周辺諸国はもはや独立国の体裁をなしていない。
座して植民地支配を受けるか、乾坤一擲の戦争を仕掛けるかの二つに一つとなったのは、必然と思われます。

結末を知っているからこそ、対米戦は無謀であった言えますが、陸軍主眼の対ソ戦は経済的利益はなく、日本国独立の兵站確保には南進せざるを得なかったのです。
よく話題に上る零戦の防弾装備が貧弱だという話もほぼ同じです。
1000馬力のエンジンで1500馬力のエンジンを持つ敵戦闘機と戦うために何を捨てたか、ということです。
それもこれも、「足らぬ足らぬは知恵が足らぬ」の一言です。そして国体を「足らす」ために、命を捨てたのが帝国軍将兵だと思っています。
2014/01/11 22:34 | Mephist [ 編集 ]

父との対話
<お父さん、ドウリットルの空襲は?>
<聞いた話では、パイロットに顔が見えたくらい低空で飛んだそうだ>
<そのとき、本土が空襲を受けたわけだから、亜米利加の太平洋艦隊は全滅したわけでもなく、また飛行機の大きさを見れば、勝てないとは思わなかったの>
 父親は詰まった。
 
他の著作で 戦後の人は当時、普通の人がゼロ戦という名前を知っていたように思うが、それは軍事機密で普通の人は知らない。大和武蔵は当時の最高機密だから、名前すら知らないとあったので、それを聞くと父親は知っていたと答えた、大和についてだが。

 ゼロ戦については調べたわけではないが戦後普通の人が知ったのではないかと思う。
 このゼロ戦の設計方法やその戦略などは我々の長所、短所が見える。

 我国も重爆撃、連山、富岳を開発しており、確か富岳は終戦まじかに、飛行試験に成功している。

 ジャンボ機墜落事故において、マスコミに出た、与圧システムも開発に成功していたと証言した人と、やり取りをした。名前は忘れた。
 その人はそれを何処でkenjiが知ったかを知りたがった。関係者ならうかつに答えるわけにはいかないからでしょう。もう7年位前の話だが。

 もう一つ高射砲だが、確か終戦二週間前にB29を撃墜する高射砲開発に成功して、東京のどこかに配備して、b29を撃墜した。
その後b29は東京を飛ぶことはなかった。

 この高射砲を一年前に開発すればよかった。その開発に従事した人々は、液体燃料ロケットエンジン開発に従事して、成功している。糸川英夫が開発したのは固体燃料です。基本的には戦艦大和の主砲と同じ系統のもので、液体燃料エンジンのほうがまったく新しくはるかに困難があったと思う。

 原子力は占領軍が規制して、条約があり、また飛行機の開発も禁止されたが、ロケットについては、なかったようで、それが今H2Aの成功につながっている。この開発メンバーは知られていない。水素エンジンのことだが。
2014/01/11 19:03 | kenji [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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