2014/12/24 (Wed) きよしこの夜
同志の皆さん

メリー・クリスマス   伊勢平次郎  

BOY AND DOG

聖夜(サイレントナイト)



1818年12月25日にオーストリアのオーベルンドルフの聖ニコラウス教会で初演された。この歌にまつわる逸話として、"クリスマス・イヴの前日、教会のオルガンが音がでなくなり(音のでなくなった理由はネズミにかじられた等、諸説あり。)、クリスマスに歌う賛美歌の伴奏ができなくなり、急遽ヨゼフは“Stille Nacht”の詞を書き上げ、グルーバーに、この詞にギターで伴奏できる讃美歌を作曲してくれるように依頼。グルーバーは最初「教会でギターを弾いても誰も気に入らないのではないか?」と懸念していたが、ヨゼフの説得もあって詞に曲をつけることを了承。グルーバーは一晩中懸命に考え続け、ついにこの曲ができた。曲ができあがったのは教会でミサが始まるわずか数時間前のことであった"-という有名なものがあるが、近年の研究では数年前にヨゼフは詩を完成させていたという説が有力だ。しかし、グルーバーが短期間で作曲したのはたぶん正しいと言われている。日本では、「きよしこの夜」と訳された。(ウイキぺデイア)




わが青い目のかみさんが、みなさんに「メリークリスマス」と作った美術品(?)です。は、は、は 伊勢





comment

kenji 先生

全くその通りですね。ぼくの74年近い人生から見た日本は、「何ごとにも半端」ということです。「曖昧にしておく」がコンセンサスと思うね。そういう精神状態だと「儀式」ばかりに時間を費やす。だから、フロンテイア精神など皇室からして、考えもしないわけですよ。ぼくの母親もそうでしたから。伊勢
2014/12/25 12:06 | 伊勢 [ 編集 ]

もちろん戦うことですが、その、戦うということの内容を間違えている。
一例を挙げれば、アジア開放というなら、まず挑戦の独立プランを世界に宣言することでしたが、それはまったく考えていなかった。確かに朝鮮へのわが国の政策はほかの国とは大きく異なっていたが、その異なる内容のわけを、まったく自覚せずに、内鮮いったいとスローガンをだしたが。、朝鮮から見ればそれは事実ではなく、わが国から見ればそれは併合策の一里塚ということだったでしょう。
 いずれにしても、わが国は実質朝鮮の統治ができなかったと見ることだと思う。
 ペルシャ湾までの長大な補給路を誰が確保しているか?
アメリカです、これに支那が挑戦しているが、それも大きな無理でしょう。無理はどこかにそれが出てくる。
ところで石垣島の行政府が尖閣諸島を上空から調査をしようとしたが政府から、止められた。これでは支那の狙い通りで、満州において起きた現象と同じことです。
 支那は沖縄まで取るつもりで、それはたぶん20年計画くらいでしょう。
 はっきり態度を示すことです。
日中は経済的に結びついているから、戦争という事態には両国とも避けるからというのがわが国経済界の銭にくらんだ見方だが、それはない。それで戦争が収まれば苦労はない。もちろんそれは新しい形の戦争ですよ、
 無理な生活の一端は鯨が食えないことで、アメリカにかぶれて穂エールウオッチィングをする日本人の精神のありようです。
 鯨への背後にある欧米の考えに迎合するか、脱退して鯨を食うかです。
大体捕鯨をしていない国がそこの加入できるということすら、変なことです。それを国内で論じないことがもっと大きな問題です。そこに日本人の常識と世界の鯨問題との落差があり、そのわけを国内でまったく論じられていない。従軍慰安婦と同じ構造に過ぎない。
 ここが無理な生活ということです。色々あります。
2014/12/25 11:11 | kenji [ 編集 ]

<我々は無理な生活をしている。

鰯(いわし)は鰯、鰤(ぶり)は鰤。日本人は日本人の生き方で良いのかもね。非暴力主義、無抵抗主義もあるし、闘う日本人もいる。伊勢爺は闘う人間に生まれた。闘う意思がなければ評論家か哲学者の道もあるしね。は、は、は 伊勢
2014/12/24 21:45 | 伊勢 [ 編集 ]

その昔支那における行事をわが国は真似て、いろいろした。その中でわが国に根づいたたものと、廃れたものがある。クリスマスはキリスト教の行事で、背後に宗教がある。これを無視して祝うのが日本人で。それを当然として祝うのがキリスト教国の人々です。
 これが大きなわが国の問題だと判断した人は明治以降、いた。
何が問題でしょうか?
 今は重陽の節句を祝う人はないと思うが、その昔はいわった。
そこで設問
 我々日本人がどのような状況になっても祝う祝日はあるだろうか。
私が幼少期には四月八日はお釈迦様の誕生日ということで紙でつくた、象を幼稚園児のとき引いた。今では誰もそれを知らない。また当日の甘茶はあまかった。砂糖が自由に使えるようになったのは戦後に過ぎない。
 何か我々日本人はかけるものがある。

天長節は明治以降というより、昭和のはじめころからに過ぎない。
 結論から言うと我々日本人は歴史的な祝日という考えはない。従って海軍記念日も陸軍記念日も結局は身につかなかった。
 身につくのは、もっと別な要因によるもので、それは日本列島、それぞれの位置によっていろいろあって、それぞれ異なる。
 いずれにしてもメリークリスマス。
来年は激動の年ですね。見えている。安倍内閣は私は負けたと見ている。近衛内閣と同じにならないように祈る。当時、国民精神総動員運動というものがああった。要路の人々は何をしなければならないかは理解していたが、それを国としてできず、結局は国内改革に目をつぶって、支那にひっかけられて、大東亜戦争へとつ込んでいた。
 当時の上層部は皆戦争には反対だったがそれがおもてにでて、それをもとにして、行動ができず、後付けで物事が進み、ニューギニアの戦闘へとすすみ、その多くの兵は、輸送中に沈没し、仮に上陸しても、食料がなく、そのほとんどが餓死した。この記録を読み現状を見ると本当に怖い気がする。
ペルシャ湾まで掃海艇を派遣するようだが、わが国は東シナ海、サイパンまでの補給路すら確保できなかった。ペルシャ湾までというなら。確実にアメリカ海軍を当てにして兵士を派遣することになる。はるかに遠い遠いところで、そこで兵士の補給路が閉ざされたら、わが国は自力では確保できない。
 この恐ろしさをわが国政府は自覚しているだろうか。
我々は無理な生活をしている。
 
2014/12/24 21:00 | kenji [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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