2015/03/09 (Mon) アメリカ実業家伝・メキシコ領接収は大きな国土拡張となった(その10)
Ustroopsmarchonmonterrey 1846

カリホルニア・モントレーの戦い(1846年9月)

米墨戦争はテキサスの所属をめぐっての、アメリカとメキシコとの衝突に起因する。スペインの植民地支配から独立革命を経て独立したメキシコは、第1次メキシコ帝国と共和国の時代を通じて、メキシコ北部の領地一帯を保持していた。しかし16世紀から続くネイティブアメリカンの群発する反乱は継続しており、また1803年の「ルイジアナ買収」によって西部への開拓を開始しやすくなった多くのアメリカ人が、メキシコ領北部に流入していた。しかし、長期戦になった独立革命で弱体化したメキシコには、北方の領地を統治する余裕が人的・金銭的になかった。

前の章でアラモの砦を書いた。その結果テキサス共和国が生まれた。この戦争はアメリカとメキシコの国家間の戦争ではない。アラモは全滅したが、その後のサム・ヒューストン(テネッシー自由軍)にサンタ・アナ軍は壊滅させられ、アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ本人までが捕虜となった。自分の命と引き換えに、テハス(テキサスと改名)を放棄した。

サンタ・アナはメキシコシテイに帰った。だがこの敗戦の将軍よる中央集権体制は、メキシコ各地での反発を招き、各地で独立の機運が発生した。1836年、テキサス共和国がメキシコからの独立を宣言すると、1839年にフランス、1840年にオランダとイギリス、1841年にベルギーがテキサス共和国を承認した。1845年にテキサス共和国はアメリカに併合された。つまり、テキサス州となったのだ。だが、メキシコ政府はアメリカ合衆国のテキサス併合は勿論、テキサス共和国の独立さえ未承認であった。ベラスコ条約締結の経緯が不公正なものであるとして認めていなかったのだ。

一方ワシントン政府は、この地域での英国の野心を断ち切るために、太平洋岸のカリフォルニアに自国の港を持ちたくてウズウズしていた。このためテキサス併合と同じ年、テイラー米大統領はジョン・スライデルを全権とした交渉団を送り、メキシコ領カリフォルニアおよびニューメキシコを購入したいと申し出た。しかし当時メキシコ国内は混乱が続いており、例えば1846年の1年間だけで大統領は4回、戦争大臣は6回、財務大臣にいたっては16回の交代が行われ、交渉団を迎え入れたホセ・ホアキン・デ・エレーラ大統領は反逆罪で訴えられ追放されるなど、交渉どころではなかった。また、メキシコ世論も買収申し出に猛反発した。そして、マリアノ・パレーデス・アリリャガ大統領のもと、より国家主義的色合いの強い政府が成立したのを見届け、スライデル交渉団は引き揚げた。(註)ルイジアナのわが家の西にスライデル町がある。9年前のカトリーナで全滅したが復興は速かった。


アメリカ・メキシコ戦争の勃発

テキサスを併合したアメリカは、メキシコとの国境をリオグランデ河以北としていた。一方メキシコは同様にリオグランデ河の北側を流れるヌエセス川 以南としており、両国の主張には相違があった。*みなさん、これさ、チャイナの尖閣諸島領有権に似ているよね?領有権争いはそういうもんなのです。だから、安倍総理大臣の尖閣防衛は日本の軍事力+同盟軍アメリカの存在でほぼ確保されていると思っても良いでしょう。

さてと、時のアメリカ大統領ジェームズ・ポークは、アメリカの主張するテキサス州の土地を確保するよう軍に命じた。これを受けたザカリー・テイラー将軍の率いる軍隊は、ヌエセス川を南に超えて、メキシコの非難にもかかわらずブラウン砦 を築いた。1846年4月24日にメキシコの騎兵隊がアメリカの分遣隊を捕らえたことから戦闘状態となった。パロアルト およびレサカ・デ・ラ・パルマ での国境衝突および戦闘の後に、アメリカ連邦議会は5月13日に宣戦を布告した。南部出身者と民主党がそれを支持した。一方北部出身者とホイッグ党員は一般に、戦争の宣言に反対した。メキシコは5月23日に宣戦を布告した。

アメリカの宣戦布告後、アメリカ軍はロサンゼルスを含むカリフォルニアのいくつかの都市を占領した。モンテレーの戦いは1846年の9月に起こった。1847年2月22日、ブエナ・ビスタの戦いでテイラー将軍がアントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ将軍配下のメキシコ軍を破り、アルタ・カリフォルニアとニューメキシコの占領を確実なものにした。

ウィンフィールド・スコット将軍配下のアメリカ軍は、海上からメキシコ湾のベラクルス(大西洋岸)を攻略、引き続きセロゴルド(メキシコ中部)と進撃し、メキシコの中心部チャプルテペック城(メキシコシティ)も攻め落とした。進撃は3月9日に始められた。


カリフォルニア征服

1847年1月13日に調印されたカフエンガ条約で、カリフォルニアでの戦いを終了した。1848年2月2日に調印されたグアダルーペ・イダルゴ条約は戦争を終結させて、アメリカに、1)カリフォルニア~2)ネバダ~3)ユタ~4)アリゾナ~5)ニューメキシコ~6)ワイオミング~7)コロラドにテキサスと同様の管理権を与えた。アメリカはこれに対し18825万ドル(現金1500万ドルと債務放棄325万ドル)を支払ったのである。

このメキシコ割譲により、メキシコは国土の 3分1 を失った。これによる国民の不満もあり、1864年8月22日には政権が交代し、また中央集権国家のメキシコ合衆国に戻った。不毛の砂漠地帯だったこれらの土地ではあったが、その1年後の1849年カリフォルニア州サクラメントでゴールドラッシュが起こり~さらに後の20世紀前半には、テキサス州に無尽蔵といわれた油田が発見されて石油ブームが起こることになる。

アメリカ軍はこの戦争で約13,000名の死者を出したが、このうち戦死したのは約1,700名で、その他のほとんどは黄熱などの疾病による犠牲者であった。なお、メキシコ軍の死傷者は25,000名程と見られている。この戦争は、米墨両国の銃火器の差が顕著で、それが戦闘の帰趨に大きな影響をもたらしたと言われている。アメリカ軍が最新の国産ライフル銃を使用したのに対して、メキシコ軍はナポレオン戦争で使用された一世代前のイギリス製小銃を装備していた。

この戦争で特筆すべき点のひとつとして聖パトリック大隊(サン・パトリシオス)の存在がある。メキシコを支持してアメリカ軍籍を放棄した約500名の元アメリカ兵によって構成され、その多くはアイルランド生まれ(アイルランド系移民)であった。この元アメリカ兵たちの多くはチュルブスコの戦いの結果、アメリカ軍に降伏し捕虜となったが、スコット将軍は彼等を脱走兵として処断、メキシコシティ陥落時に一斉処刑した。この事件については歴史家の間でも意見の対立が有る。すなわち、彼等聖パトリック大隊員を捕虜だったとする意見と、逆に反逆者あるいは脱走兵だったと主張する意見が対立している。前者を採った場合、スコット将軍の処刑は捕虜虐殺となり、重大な戦争犯罪にあたる。一方、後者を採用した場合、将軍の行為は正当で違法性は無いものとなる。なお、メキシコにおいて聖パトリック大隊は英雄であり、各地に多くの記念碑がある。
また、スティーブン・W・カーニー将軍とカリフォルニアへの行軍を共にしたモルモン大隊は、ソルトレイクシティのモルモン教徒で構成された、アメリカ軍の歴史の中で唯一の「宗教の」部隊として知られる。彼らはユタ州へのモルモン教徒の移住を助けるために組織された。アメリカ退役軍人協会からのデータによれば、米墨戦争に従軍した最後の生き残りオーエン・トマス・エドガー は、1929年9月3日に、なんと98歳で死去したと記録されている。伊勢平次郎


みなさん

隼速報は2007年の4月に始動して~今年の4月で足掛け8年になります。ここで、一旦、政治トピックスを短縮して~「モロン論争・炎上」と「世界を変えたアメリカの実業家シリーズ」の組み合わせにリストラします。強制のない「有料サイト」になります。購読料とは、一ヶ月、ワンコイン(五百円)とします。下記の2口座のどちらかに、一月五百円、または、10年分一括して振り込んでください(笑い)。

1)「モロン血風録・炎上」英語の論戦。週一回にするね。時間がかかる上に、毎日、論戦する記事が出るわけじゃないのでね。英語の新造語や、スラングや、慣習を学んでくださいね。

2)「アメリカの実業家伝」は、南北戦争(1861~1864)直後に起きた近代工業化に命を賭けた実業家四名の生き様を描きます。その四名とは、、「鉄道王」コーネリウス・バンダビルト~「石油王」ジョン・D.ロックフェラー~「鉄鋼王」アンドリュウ・カーネギー~「投資銀行王」J.P.モーガンの四名です。ご期待を乞う。伊勢平次郎 ルイジアナ


海外広報に、ご献金を頂きたい

A) 振込口座

1)金融機関   みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号   (普通)    2917217
3)口座名    隼機関   ハヤブサキカン

B) 郵便局口座

1)口座番号  10940-26934811
2)口座名    隼機関   ハヤブサキカン

MEPHIST先生が10、000円を下さった。WA・EIさまが、ニ月も1000円下さった。有難うね。再び、MZ・TKさまが、ニ月も、20、000円ものご献金を下さった。このお方は、七年以上の年月、伊勢を支援して下さっている。また、IS・NA(ご婦人)が、一月に、5000円ものご献金を下さった。IS・NAさまは、二月にも5000円を下さった。どう、ご恩を返せるのか?「今やっていることを続けよ!」というご意思なのだと理解している。感謝しています。伊勢


米国の株銘柄の選び方

生徒さんが二人になったわ。嬉しいわい。伊勢爺は「生きている限り、日本の力になってやろう」と決心している。一年間の授業料は、たったの2万4000円です。毎日、一通か二通のメールで速報とアドバイスを提供している。日本人の問題は英語の速読なんですね。だからと、英語を中年から始めても、時間がやたらと過ぎていく。そこへ、伊勢爺さんをカマセば済むことなんです。おひとりの在米駐在員さんが「自分の知らなかったことが理解できて、たいへん勉強になっています」とメールをくれたよ。こぞって、応募して下さいね。NIPPONFALCONS@GMAIL.COM  伊勢平次郎





comment









ブログ管理人にのみ表示を許可する

プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する