2015/04/10 (Fri) 起業家がいなくなった日本
sony morita in US with famili in 1963

1963年、羽田空港からニューヨークに出発する盛田昭夫さんの一家である。ハワイ~ロスアンゼルス~ニューヨークと飛び石であった。盛田さんは42歳だった。1967年、伊勢青年は25歳でアメリカに渡った。やはり、乗客140人のDC-8で飛び石だった。盛田さんはその年には、46歳になっておられたとなる。日本の電子工業界の先駆者となり~偉人とうたわれた。だが、そのスーパーマンのようなアチーブメントの原動力とは何だったのか?何が盛田昭夫さんを動かしていたのか?伊勢平次郎 ルイジアナ






sony tower 1992 2002 2013

1992年、ソニーは、この「AT&T タワー」と呼ばれたニューヨークの名物ビルにオフィスを借りた。盛田さん(71)はショーケースにしたかったのである。同じ年、盛田さんは脳梗塞で倒れた。それ以来、1999年に亡くなられるまで、公の場に現れることはなかった、、享年78歳であった。2002年、社長となった息子さんは、全ビルを買い取った。だが、2013年、経営に行き詰まったソニーは売却した、、盛田さんがなくなられてから14年後であった、、


SONY building

1992年、マジソン街の55丁目と56丁目の間にあるこのビルを「ソニータワー」とネームした。


盛田昭夫さんを動かしたものとは、、

伊勢爺は「日本の敗戦」だと思っている。盛田さんは静寂を好むご性格だった。だから、音に敏感だった。伊勢が運転中に声をかけると、後席で「ちょっと待ってて」と言った。新製品の音質をヘッドフォンで聞いておられた。酒は好まず~ハイネケンがお好き、、さらに、和食よりも点心(やむちゃ)を好まれた。

さて、なぜ敗戦がこの偉大な起業家を生んだのか?理不尽な原爆投下や東京空襲を恨むというより、日本が負けたことが悔しかったのだと思う。盛田さんは、社員やアメリカ人社員を詰ることはなかった。アンフェアを嫌った。「もう、為替はね、100エン=1ドルでいいじゃないですか?」と米側のキャタピラー社会長を批判した。キャタピラーの会長は、「それは国家間の交渉で決めることだ」と逃げた、、伊勢は、アメリカの企業トップの卑怯な一面を見た、、盛田昭夫さんは「商売人」に徹底していたと思う。全て、ビジネスライクと合法で、、ここが中国人と違うのである。


morita akio jet

この人は、田舎社長ではなかった。全てがすっきりと洒落ていたし~奢ることはなかった。奥さんの良子さんが良くでしゃばった(笑い)。盛田さんが小言を言うのを聞いた。今年亡くなられたと記事で読んだ。ひとつの歴史が閉じたのである、、伊勢平次郎 ルイジアナ


みなさん

4月4日、 隼郵貯に、EAGLECATCHER2さまから6000円のご献金がありました。有難う。隼速報を続けます。実は三井系の会社(東京)の青年社長さんが5月30日にロスアンゼルスへ飛んで来られる。伊勢爺を運転手兼随行通訳に雇ったのね。サンデイエゴに商用~ラスベガスのトレード・ショウ~ニューオーリンズへ、、わが家で休憩されてから、黒人ジャズのライブを、、自動小銃をバリバリと撃ちにミシシッピーの森へ、、アトランタ~セント・ルイス、、そこからシカゴへ、、商用と医学大学を訪問する。というわけで、伊勢爺も勉強中なんですね(笑い)。「青年老い易く、学なり難し」とは本当だね、、

実は、「隼速報を廃刊にしよう」と妻と話していたのね。だけど、ご献金があるとやめることは不可能。従って続けます。じゃあ、ご寄付をお願いするしかない(笑い)。伊勢


海外広報に、ご献金を頂きたい

日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。アメリカ人は100%伊勢の「中国批判」に賛成なのです。とくに、日本に配備された米海軍軍人はね。「日本海軍は兵士も艦船も中国海軍よりもダントツに優れている」と書いてくれた。彼は「山東半島の中国海軍と合同演習した」と。しつこく食い下がる中国人を論破した。支那人は沈黙した(笑い)。


A) 振込口座

1)金融機関   みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号   (普通)    2917217
3)口座名    隼機関   ハヤブサキカン

B) 郵便局口座

1)口座番号  10940-26934811
2)口座名    隼機関   ハヤブサキカン

***WA・EIさま、ご献金を有難うね。3月20日に受け取りました。EAGLECATCHER2さまから6000円を4月4日に受け取りました。これは、500円 x 12ヶ月という意味ですね。感謝しています。


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ソニー・盛田家御曹司「家賃もカード代金も払えない」
投稿日 : 2014年8月1日 | カテゴリー : FRIDAY

「スキー場もF1進出も失敗し、偉大な父・昭夫氏の2000億円遺産を使い果たした。追い込まれた不肖の息子の見るに堪えない惨状・・・」

ソニーの共同創業者・故盛田昭夫氏の長男、英夫氏(62)がカード代金やマンション家賃の滞納で、相次いで裁判を起こされている。赤字続きで事業や資産の切り売りに追われているソニーと同様、創業家の嫡男もまた崖っぷちに立たされている。
引用:FRIDAY 2014年8月15日号

■ 盛田英夫氏は現在、赤坂の「ザ・キャピタルレジデンス東急」に住んでいる。広さは157平米・月額賃料130万円だが、年明けから滞納が続き、契約解除となったが、現在も占有を続けている
■ 三井住友カードの未払い滞納が1159万円で、利用停止中
■ 各債権者からは提訴されても、弁護士を立てず、敗訴つづき
■ 一族の資産管理会社レイケイは4年前に破綻。未払い法人税23億円
■ 名古屋の敷地400坪の豪邸もたびたび差し押さえ
■ 母良子氏も美術品を国立近代美術館に売り払い、8億円を現金化
■ 父昭夫氏が設立した財団法人ふたつも、英夫氏に9億円を貸し付けたうえで解散
■ 英夫氏の現在の所在は不明

ああ、栄枯盛衰は世の習い、、他の記事では、次男の昌男氏も無能だとか?対談を読んだが、あまり頭が良いとは思われない。母親似なんだろうね。伊勢

2015/04/10 18:31 | 伊勢 [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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