2015/08/05 (Wed) とっちめられる中国
china smog 2

これは、北京からそれほど遠くない張河口市である。万里の長上の入り口がある。そこで2020年に冬季オリンピックをやるんだと。

オバマがEPAの二年連続の提案を呑んだ。それは、2030年までに、4万トンの炭酸ガス~硫黄酸化ガス~窒素酸化ガスを大気に放出させないという法律なのだ。火力発電所が対象である。この法案の根拠とは、国民の健康医療予算を削減できるからだ。つまりこれらの有毒ガスは体を壊すわけである。


china smog

さて、チャイナは困った。なぜなら、アメリカはチャイナに「大気汚染に取り組め」と迫るからだ。のらりくらりと逃げれば国際社会から総好かんを食うのだ(笑い)。伊勢平次郎 ルイジアナ


連載小説「憲兵大尉の娘」(2)

hakkoda goto

長谷川道夫と妻の貞子と娘の澄絵が八甲田温泉の村から西へ歩いていた。緩やかな上り坂である。長谷川は二歳の娘を背負って風呂敷袋を右手に持っていた。

三キロの距離は格好の散歩であった。三人は、八甲田山雪中行軍の英雄、後藤房之助伍長の銅像の前に立って手を合わせた。長谷川はゲートルを脚に巻いた兵装であった。貞子と正月に六歳になったミチルは着物~足袋に下駄~綿入れを着ていた。銅像のある丘に来たのは故郷の英雄に陸軍青森第五連隊に入隊したことを報告する為であった。七キロ南に雪を被った八甲田山が連なっている。因みに、八甲田山とは、青森市から六十キロ南にそびえる複数火山の総称で日本百名山の一つである。八甲田山と名がついた単独峰は存在せず、十八の成層火山や円形の溶岩の丘で構成される火山群なのである。昭和十二年の四月の末日であった。雪が解け春が風に匂っていた。その風の中に小雪が舞っていた。その小雪の中で風呂敷を解き重箱を開けた。ミチルが稲荷すしをひとつ取ると銅像に走って行った。そして台座の花壇に供えた。長谷川は二十八歳になっていた。

                             *                      

「何故、この歳まで入隊しなかったのか?」と面接した三人の仕官の一人がなじるように訊いた。中尉の襟章を着けた鎌田という痩せた男を一生忘れなかった。その目つきが凶暴だったからである。

「自分は高校の教員ということで免除となったのです」

「第一甲種合格のキサマが教員だから免除だと?」中尉が氷のような眼で長谷川を睨んだ。

「私は、北海道帝国大学大学院の修士号を得ました」痩せた中尉を除いてふたりの仕官が眼を見張った。黒田清隆の札幌農学校が北大と呼ばれているのを知らない青森県人はいなかったからだ。その青森には大学などなかった。

「だから、どうした?」と中尉が見下げるように言い放った。隣の小太りの仕官が耳うちした。中尉の細い眼が大きく開いた。

「ほう、天皇陛下から恩賜の銀時計を頂いたのか?」

「そうであります」長谷川は兵隊言葉になっていた。

「専門学科は何だったのか?」

「原子核融合物理学であります」

三人の仕官が黙った。理由は何のことか分らなかったからである。

「それでは、何故、青森高校の教員なのか?」

長谷川はこの質問にどう答えるか迷った。なぜなら、その理由とは、学生たちがいかに徴兵を逃れられるかを探る為だったからだ。学生の中には国に奉仕することを心から望む者が多かった。だが、もし望まぬなら?

長谷川には、どの学生が徴兵を逃れたいのかが判った。「先生はどうして徴兵されなかったのですか?」と訊いてくるからである。その学生は北大へ進学したい」と言った。長谷川は「満州事変は拡大する。おおくの若者を死なす」と科学者の頭脳で考えていた。

「大学へ進んだ学生は人格が育っています。高校生はまだ意思が定まっていませんので自らの意思を育てることが重要だと考えました」

「北大には、マルクスレーニンこそ人類の取るべき道だとする学生が多いと聞いたが、君はどう思うのか?」太っちょの士官が訊いた。

「自分は共産主義が良いのかどうか判りません。マルクスも読んでいませんから。自分は科学がもっとも人類に貢献すると信じています」というと、仕官は頷いた。もう一人の仕官がノートに何か書き込んでいた。

「十日後に入営を命じる」と言ってから兵装を長谷川に渡した。これが青森県人、長谷川二等兵の初日となったのである。長谷川は自分が名実共に兵隊になったと自覚した。

                         *

青森歩兵第五連隊の練兵場は小学校の校庭ほどのものだった。青森では実弾演習は行わなかった。実戦演習は北海道の旭川歩兵大隊で行ったからである。その四月の朝、百名の新兵が集合した。全員二十歳で徴兵されたのである。整列に慣れていない者がいた。農村の青年や札幌などの都会育ちの者は軍隊そのものに恐怖を持っていた。少しでも列から離れた兵隊や脚を揃えていない者を軍刀を下げた軍曹が睨みつけながら押したり足を蹴った。農村出身の青年は屈強である。親からも蹴られたことがなかったので軍曹を睨みつけた。。「何だキサマ」と軍曹が思いっきりビンタを張った。りんごのように赤い頬をした青年は生まれて初めてビンタを食ったのである。

初日は兵装の着け方から始まった。ほとんどの者がゲートルを巻くのに手間取っていた。ゲートルは固く巻かないとズルズルと解けて足元に団子になるのだ。次に敬礼である。これはそれほど問題ではなかったが、一秒でも遅れると怒鳴られた。その次が兵隊用語なのだ。最後に重兵装行進を習った。四十キロの背嚢を背負って練兵場を二時間、行進した。農村の青年には、苦ではなかったが都会の者はへとへとになって、地面に仰向けにひっくり返った。訓練が終わると兵舎に入った。昼飯である。新兵は飯盒を持って並んでいた。内務班の炊事兵が、その飯盒に炊き立ての飯、蓋に焼き卵と煮魚のおかずを大匙で投げ込んでいた。連隊長が「飯はいくらでも食って良い」と言った。農村出身の青年は「いくらでも飯が食える」と喜んでいた。兵卒も連隊長も同じ釜の飯を食ったのである。その中に長谷川の姿はなかった。長谷川は兵舎の仕官室にいたからである。

                           ~続く~





ということで、海外広報に、ご献金を頂きたい

日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。アメリカ人は100%伊勢の「中国批判」に賛成なのです。とくに、日本に配備された米海軍軍人はね。「日本海軍は兵士も艦船も中国海軍よりもダントツに優れている」と書いてくれた。だが、今日はアメリカを批判した。

Iseheijiro • 9 hours ago
Japan is a sovereign nation and the closest ally to the US. Japan is not a lapdog of US. They agree if the US request is legitimate such as Okinawa bases. Majority of Japanese oppose Abe's reinterpretation of their constitution. They claim there is not enough explanation to change. However, that is not the real reason. Japanese public does not trust US from time to time. For example, George Bush's private war with Iraq 2003, another is Hiroshima/Nagasaki atomic bombing that killed innocent civilians August 1945.


A) 振込口座

1)金融機関   みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号   (普通)    2917217
3)口座名    隼機関   ハヤブサキカン

B) 郵便局口座

1)口座番号  10940-26934811
2)口座名    隼機関   ハヤブサキカン


*7月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~ 7月25日、SHO・KATSUさまが、5、000円を下さった。7月23日、YA・HIさまが、10、000円を下さった。WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。たいへん感謝しています。有難うね。日本はまだまだ、経済も、国防も、米国政府の援助が必要なのです。伊勢爺の論戦はそこに重点を置いたものです。アメリカを批判するのも、アメリカに失敗されたくないからです。伊勢


comment

kenji先生

昭和9年の秋田新聞を読むと「飛ぶ鳥さえ見えぬ飢餓地獄」と書いている。岩手~山形~秋田~青森の寒村の娘が売られた。昭和12年に、二二六事件ですね。これを忘れるなら日本史などないよ。神風特攻隊を美化したり、、情けないな。伊勢
2015/08/06 13:38 | 伊勢 [ 編集 ]

朝鮮殖産銀行の二代目頭取で有賀光豊という人がいます。彼は従業員の扱いにおいて、日本人、朝鮮人の差をもうけなかった。初代の方針をひきついだ。この銀行は発展した。そのため、明治以降の日朝関係を考える、朝鮮人には評価されている。朝鮮は天水農業が確か80パーセントだったが、それに水路を作り、水田耕作を普及させた。そのため生産量が飛躍的に増えて、朝鮮経済を安定させた。ちなみに水田耕作が朝鮮から来たなら、天水農業が行われている羽津がない。事実は朝鮮半島南部へ進出した縄文人がしたが、その後北方から来た人々に押されて、引き上げ、その後は彼らがしたが、まあできなかったということです。李朝時代の終わりまで。
 日韓併合のために、どれだけ明治政府は朝鮮に金と人材を投じたか?これは命取りになった。
 さて、この朝鮮の米をどこでたかく売れるか。?それは日本しかなかった、そこでこの米の内地へ輸入(?)を認めた。このため米の暴落が起きて、東北の農民の悲劇となった。
 私が問題にするのは確かに彼、有賀光豊は理想に燃えた、優れた人だったでしょう。朝鮮の近代化に努力したわけですが、そのときその行動が内地の農民を苦しめるという思考を何故しなかったのか?東北の悲惨な状況は自分たちの行動によると何故考えなかったか?
 ここが明治という時代の精神の一部で、政治的に言えば明治維新のとき東北は列藩同盟をして、薩長に対抗したという事実があったからでしょう。
 東北出身の原敬を暗殺した勢力はおそらくその人々の系譜につながる人々だったと思う。
 このような行動をする日本人はいまでもいる。
ODAです。何故あれだけ資金援助をして、更にそれをチャラにするのか、そのような資金があれば国内の同じような状態にある地方に、その金と人材を投入するべきではという意見はしょうじない。
 オリンピックに使う金があれば、教育に使うべきではないか。非正規労働者に使うべきではないか?
 といった常識的意見が生じない。ここに国家意識のいびつな構造があり、それが大東亜戦争の元でもあったと思う。
私は日本の問題のひとつにこれがあると思う。
 確かに有賀光豊は有能な、優れた人だったでしょうがその行動は朝鮮にとってはよかったが、その資金を出している内地の人々にとって、別ではなかったと有賀が考えて、行動することが何故できなかったか?
 ここが明治維新の大きな問題点です。日韓併合という理想に目がくらんだということでしょう。
 今でもこのような人は庶民にも上層部にも多い。
それがわが国の命取りの元の人々だとおもう。ただ彼らは優れている人が多い。
2015/08/06 09:02 | kenji [ 編集 ]

<お墓に土饅頭を置くことですね。

だから、施餓鬼なのね。資料を読むと、東北の米飢饉や養蚕の群馬などは世界経済恐慌の犠牲者です。岩手青森の漁村や山間部は悲惨だった。これが二二六事件の背景です。反乱軍と刻印を押された兵は、ソ満国境の「星さえ凍る」と歌われたチチハルへ送られて祖国へ帰らなかった。嗚呼、、それを書いている。伊勢
2015/08/05 23:13 | 伊勢 [ 編集 ]

>飯はいくらでも食って良い

お墓に土饅頭を置くことですね。
給料が低いということは飯が食えないということです。
私は偶然行き会った乞食には金をやる人生を歩めと子供にいいましたが、さてどうしているか?
2015/08/05 18:41 | kenji [ 編集 ]

Mephist先生

ははは、読んでくれた。当時の世相や満州がいかに異国なのかを強調したい。昭和10年は既に日本は戦争を6年はやっていた。20歳になると徴兵された。みんな「陛下の兵隊」であって「国家」の兵隊じゃなかった。つまり喜び勇んで出征したのです。ぼくの兄らも学徒動員にも拘わらず勇んで出かけた。三兄は予科練に志願して長崎で終戦。「皇国にわが身を差しあげる」と恐くなかったと言ってた。陸軍の食事は各地で大きく違ったけど、1943年までは飢えていない。貧しい食量でも、あれほど戦っている。一方で、美味いもの追求の現代の日本人は体力も精神力も強いとは言えないです。明治陸軍の軍監森鴎外中将も「麦を食わせろ」ですから。パンとバターは海軍だけです。現代は栄養を間違えていると思う。何か、示唆があったら、ご注文承ります(笑い)。伊勢
2015/08/05 11:08 | 伊勢 [ 編集 ]

伊勢殿
小説の一文に「飯はいくらでも食って良い」というものがあります。
これの重みが、多分普通の人には分からないでしょう。
私も今時の中年ですが、知れば知る程、この重みが昭和の時代を表しているような気がしてなりません。
水と空気と安全はあって当たり前と言われる日本ですが、それに食い物もあって当たり前になって久しいですからね。
2015/08/05 09:39 | Mephist [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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