2015/08/21 (Fri) 最も愚かな大統領パククネ
pak kunhe chaina

説明は不要だろう(笑い)。伊勢平次郎 ルイジアナ


連載小説「憲兵大尉の娘」(15)

97 cargo 2

天津駐屯連隊の下士官がダッジのエンジンを切った。北支方面軍の天津航空部隊基地である。輸送機が何機も駐機していた。万里の長城の盆地である大同から南下する関東軍こと広島第五師団に物資と郵便や小包みを届けるのである。長谷川には、雰囲気でたいへん忙しい基地なのだとわかった。

「九七式輸送機キ34は、大日本帝国陸軍の輸送機です。キ番号は試作名称です。陸軍省の命令によって、重爆機だったが中島飛行機 が輸送機に改造したのです」と迎えに出た操縦士が説明した。

天津から480キロ西の太原には1時間50分で着いた。乗客は十一人で、飛行速度は時速450キロだった。天津あたりは黄土の平坦な土地だがこのあたりには、二千メートル級の山がある。そのひとつ太行山脈を越えるために西へ飛ぶには時間がかかるのだと副操縦士が飛行中に拡声器で説明した。憲兵を運ぶのは始めてだったので「何か事件ですか?」と聞いた。「いや戦場見学です」と飛鳥が答えていた。長谷川は飛鳥大尉を信頼していたが、その胎の内が分らなかった。とにかく不思議な人物である。

九十七式輸送機が連なる山脈を越えると太原市が見えた。四方に道が広がっている。山に囲まれた盆地なので緑が多い。河北と違って山岳地帯の住民は反日感情はないのだと。太原の北百キロメートルの荒野に長い建物がならんでいる。

「北支方面軍が駐屯基地を建設しているのです。ここは水に困りませんから」と乗客のひとりが言った。土木技士だと自己紹介した。輸送機が下降し始めていた。

太原市は大きな都市である。河北の北平から山西省の太原は資源が豊かで北支那の貿易の十字路なのであった。現在もそうである。アメリカならインデアンの交易ポストに当たるだろうか。

                              *

幌の掛かったトラックが来た。乗客はその日本軍基地太原のバラックスに向かった。遠くで野砲の音が聞こえた。

「太原作戦は始まったばかりです。第五軍は二個師団で敵は六師団です。第五軍は兵站が不足していて苦戦です。それで河北から輸送が頻繁なんです」と士官が言った。

日本軍は快適な宿舎を建てていた。ジーゼル発電機まである。食料を冷凍するためである。二人の関東軍憲兵将校は兵舎の士官用の個室に案内された。

「夕飯まで時間がある。少し説明をしておこう。この万里の長城の地図を見てくれ」と飛鳥大尉が地図を広げた。長谷川が山海関の海に突き出た長城を想い出した。

「万里の長城はその名の通り万里に渡る。全長九千キロメートルというが、もっとあるはずだ。なぜなら、長城の西端は嘉峪関(かよくかん)は、甘粛省嘉峪関市だから。東端の山海関と共に万里の長城の要衝であった。嘉峪関は蒙古のゴビ沙漠を横切っている。いわゆる土塁だが、現存するのは財政の良かった明朝時代のものだ」

「支那のロマンですね」と長谷川が父の清太郎が持っていた翡翠の天女像を想い出していた。



「張家口を見てくれ。熱河の頭目、湯玉麟が逃亡したので、関東軍騎兵中隊が簡単に押さえて満州国に加えたことは話した。先月八月、第五師団は、万里の長城を行進して河北と山西省の谷間にある大同を陥落させた。その大同には国民革命軍の大規模な基地があった。ここを突破されると南京と重慶は裸になるからだ。同時期に上海では日本人居留民二万人が共同租界や日本租界へ逃れた。日本海軍の陸戦隊が野砲隊と共に上陸したからだ。蒋介石はアメリカから爆撃機を支給されていて上海を空爆した。爆弾は高性能遅延爆弾でその殺傷力は大きい。一気に六千人も死んだ。犠牲者が欧米の神父や外交官まで無差別であったので、欧米は国民革命軍に抗議したらしい。そんなことにはお構いなく日本軍はどんどん攻めて、ついに上海を制圧した。その上海にJT朱はいたわけさ。万里の長城から太原へ進軍することに石原莞爾さんは反対だったが、東条英機大将は板垣さんに賛成した。その理由は、蒋介石の山西軍は内長城線沿いに集結して防御陣地を強化中であったから。第五師団長板垣征四郎中将は、この敵軍を攻撃して長城を突破して南進を容易にしようと決心していた」

「われわれも南京へ向かう?」

「いや、日中戦争を見極めたいだけさ。われわれは満州へ帰る」

「はあ?」と長谷川は気抜けした。だが、嬉しかった。

                              *

翌日の朝五時きっかり「起きろよ、起きろ。皆起きろ~」と起床ラッパが鳴った。旭川の演習でも聞いたが、戦場のラッパは音からして違う。二人は、毛布を四角にたたんだ。兵隊食堂へ行くと若い兵隊が厨房の前に並んでいた。炊き立ての飯が湯気を上げ、味噌汁の匂いが充ちている。長谷川が一口飲んでみると、大根の葉の入った豚汁だった。食後に干した杏(あんず)が出た。その後、兵隊たちは外に出て体操をした。そこで郵便物が配られた。名前を呼ばれた兵隊が歓声を上げた。

「なんだか普通の生活に見えますね」

「こういう時間は大切なんだ」

「大尉殿、われわれはどうしますか?」

「大本営の戦況を聞きに行く」

太原第五軍司令部と看板のある建物に歩いて行った。日の丸が風の中にはためいている。将校が集まっていた。朝七時に大本営発表が始まった。飛鳥と長谷川が作戦室に入ったとき、将校らが驚いた顔をした。憲兵将校だからである。長谷川がひとりの将校に目を見張った。鎌田中尉がいたからである。飛鳥は気が着かぬ顔をしていた。無視したのだ。蒲田の顔に怒りが表われた。長谷川の襟章が紛れもない少尉の襟章だからである。

「敵の戦死一千百名。捕虜三千名~わが方の戦死三百名。負傷七百名である。重症の負傷兵は、野戦病院にて手当ての後、青島から日本へ送還される。現況は苦戦である。支那軍の数が増えている。敵も必至なのだ。この太原を突破されると南京まで直行だからである。第五軍に北支方面軍が加わる。北支方面軍が関東軍の上位である。司令官は寺内寿一大将閣下である。第五軍は日本一の精鋭部隊である。だが、寺内寿一大将の指揮下にある」

「捕虜が増えている。どうするのですか?」大佐の肩章の大隊司令官が訊いていた。

「負傷した者は釈放し、残りは使役に使う、手向かう者には速やかに引導を渡す」と笑った。

「速やかな引導を自分にやらせてください」と鎌田が言った。参謀将校は無視した。

「軍規は守られていますか?」と飛鳥が訊いた。

「古年次兵と新兵の仲が好い。新兵と言っても、すでに大同で長城戦を戦った勇者だ。歩兵は連日の重装備行軍で女どころではない。「休め」と言った途端に猫のように寝てしまう」

「太原市内に入った場合の軍規は誰が監督しますか?」

「小隊長らである。太原の大衆は日本軍に敵意を持っていないから市民を傷つけることはないと確信している。敵はあくまでも蒋の国民革命軍である」

飛鳥と長谷川が外に出た。さっきの大佐がいたので立ち止まって敬礼をした。

「次の作戦はいつですか?われわれも同行できますか?」

「今夜真夜中に出動する。来てもいいが、兵の邪魔にならんように」と斉藤という大佐が飛鳥に言って立ち去った。

「それでは、夕飯まで寝るとしよう」と飛鳥が長谷川を振り返った。

「風景写真を撮ってきます。娘に送ってやりたいのです」と長谷川がカメラを手に持った。

「少尉、絶対に兵隊を撮るな」

                               *

長谷川が握り飯を貰いに兵隊食堂に行くとまた斉藤大佐に会った。大佐はアルマイトの食器に山盛りの親子丼を食っていた。実に幸せという顔をしていた。

「今夜、十二時に兵営を出る。敵に夜襲をかける。支那軍は夜は寝るんだ。わが大隊は反対に昼間は泥棒のように寝る。夜中に起きて仕事に行く」と大佐は豪快に笑った。

「機銃はどうやって持って行くんですか」と長谷川が訊いた。

「自動車部隊だ。太孟鎮までトラックで行く。そこから徒歩で右側の禿山に向かう。敵がその岩山に砦を造っているからだ」長谷川は何か嫌な予感がした。

「われわれにも小銃を貸して頂けませんか?」

「憲兵少尉が?」

「はい、一応は歩兵訓練を受けましたから」――戦場へ行って何もしないわけにはいかないと長谷川は思った。

「飛鳥大尉と二人に一丁で良いのです」と躊躇っている大佐に懇願した。兵舎の個室に戻ると、飛鳥大尉が机に向かって太原の地図を睨んでいた。そして、長谷川にノートを開いて「読め」と言った。

――山西省太原は黄土高原の東部で太原盆地の北端に位置し、北・西・東の三方を山に囲まれている。山西最大の河川である汾河が北から南へ盆地を貫く。太原市街地を南北に流れている。市域の中部と南部は汾河が形成した北高南低である。そこから河谷平原が広がる。汾河の支流には瀟河、屯蘭河、大川河、柳林河、凌井河、楊興河などがある。海抜は最高で2670メートル、最低点は760メートル、平均海抜は800メートル。市域は山と丘陵地が中心で、平地と川は面積のうち5分の1を占めている。盆地内の地形は平坦で土壌も肥沃であり、古くから農業が発達してきた。現在の耕地面積は210万畝で、山林面積は83万畝、草地面積は187万畝。主な農作物はコムギ、イネ、トウモロコシ、コーリャン、豆、イモなど。また野菜、綿花、甜菜、薬草、アブラナなどの商品作物も産する。山麓では泉が湧き水は比較的豊富。市域内には大きな池沼が六つあり、晋陽湖が最大の湖になっている。汾河の両岸には工業用水や農業用水を運ぶ用水路が広がる。標高八百メートルの高原は空気が乾燥している。

「なるほど。日本なら長野県のようなところですね。ここの住民を宣撫すれば大きな兵站になると」

「その通り。板垣さんは頭がいい。さすがは盛岡藩士族の末裔。始め反対されて後に支援するようになった石原莞爾さんは、山形のお寺の住職の倅、、お二人とも東北の人たちだ。満州建国に命を賭けた理由がわかる。豊沃な大地では、160キロ東の石家荘も同じだ。だが、太原との間に二千メートル級の山が連なっている」

――自分が一生を賭けたつもりの科学と違う生き様だなあ、、と長谷川憲兵少尉が長谷川道夫に戻っていた。

                      ~続く~







ということで、海外広報に、ご献金を頂きたい

日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。アメリカ人は100%伊勢の「中国批判」に賛成なのです。とくに、日本に配備された米海軍軍人はね。「日本海軍は兵士も艦船も中国海軍よりもダントツに優れている」と書いてくれた。だが、今日はアメリカを批判した。

Iseheijiro • 9 hours ago
Japan is a sovereign nation and the closest ally to the US. Japan is not a lapdog of US. They agree if the US request is legitimate such as Okinawa bases. Majority of Japanese oppose Abe's reinterpretation of their constitution. They claim there is not enough explanation to change. However, that is not the real reason. Japanese public does not trust US from time to time. For example, George Bush's private war with Iraq 2003, another is Hiroshima/Nagasaki atomic bombing that killed innocent civilians August 1945.


A) 振込口座

1)金融機関   みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号   (普通)    2917217
3)口座名    隼機関   ハヤブサキカン

B) 郵便局口座

1)口座番号  10940-26934811
2)口座名    隼機関   ハヤブサキカン


*7月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~ 7月25日、SHO・KATSUさまが、5、000円を下さった。7月23日、YA・HIさまが、10、000円を下さった。WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。たいへん感謝しています。有難うね。日本はまだまだ、経済も、国防も、米国政府の援助が必要なのです。伊勢爺の論戦はそこに重点を置いたものです。アメリカを批判するのも、アメリカに失敗されたくないからです。伊勢


宝田明さんにメールを出した

[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。ぼくも1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。




comment

 朴ウネがおろかな大統領ではなく、朝鮮の普通の指導者であるとわが国が認識していないことがわが国の問題で、日朝間の問題とは別のものです。
 朴ウネの行動は朝鮮にとって、普通であり彼女はそれをなんともおもっていない。もちろん国民も同じです。ただ一部の朝鮮人は異なるがそれはきわめて少数で、考慮する必要はない。要するに彼らを当てにして外交交渉をする必要はないということです。
 ではわれあれ日本はいかがするか。
結論は断交ですが、平安時代なら朝鮮海峡がありましたから、いいが現代は異なる。
 新しい形の断交を模索することです。
私はそのように日朝関係を見ているが、朝鮮側からはまたべつで、更に外国は更に別でしょう、具体的にはロシア、中共、アメリカです。
 一番はアメリカが朝鮮の面倒を日本に持たせようとしていることで、これは日韓併合前の外交政策です。あの時は、フィリピン領有と交換でしたが、今回が安保法制ではないかとみているが、安保h法制は朝鮮半島だけにかかわるものではないから、やはり、わが国独自の防衛観点から考察して、その一部として、朝鮮を見ることでしょう。
 韓国軍の軍事クーデターの可能性は考慮しておくことです。多分もうこの段階でしょう。
 いいチャンスが来る。明治のしくじりをしてはいけない。それこそ戦争の反省です。
2015/08/21 16:58 | kenji [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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