2015/08/24 (Mon) 連載小説「憲兵大尉の娘」(16)
japanese 1937 machinegun (1)


「長谷川少尉、これを着ろ」

「はあ?私は二等兵に戻ったんですか?」赤地に一つ星の襟章を見た長谷川はその理由を知っていた。斉藤大佐の苦肉の策だったのである。

「俺は上等兵。長谷川二等兵の上官ってわけさ。実戦は初めてだろ?」と飛鳥大尉が笑った。

「上等兵殿、全て始めであります」と長谷川が二等兵になっていた。そしてゲートルを巻いてから鉄帽を被った。長谷川は、旭川の猛烈な演習に感謝していた。

「ゆうゆうゆう」と独特の音を出す木炭トラックがやってきた。木炭内燃機関は意外に頑健で壊れない。関東軍は石油を節約した。軍用には木炭車を使った。乗り込んだ若い兵隊は口々に何かしゃべっている。遠足へでも行く気分なのだ。午後の三時から六時間ぐっすりと寝た。起きると、夜食にスキ焼が出た。これで元気が出ないわけがない。背嚢の中には夜食用にパンが入っていた。ミルク缶も積んでいた。

長谷川と飛鳥が機関銃隊のトラックに乗り込んだ。長谷川の肩章を見た曹長が驚いた。どう見ても、二等兵の年齢ではないからである。それに望遠鏡を首に掛けた上等兵がサンパチを持っていない。

「キサマら、どこの部隊に所属か?」

「斉藤司令官殿の部隊だ」と飛鳥が言うと、聞いていたのか、「は、わかりました」と言った。

木炭トラック三十台が一直線となって出発した。西瓜を半分に割ったような月が真上にあった。九月に入ったので、朧月夜なのだ。山西省は高原の気候で空気が乾燥している。星が燦然と瞬(またた)いていた。「夜襲でなければ、星空の遠足だ」と長谷川は想った。

「星はどうして瞬くのかね?」飛鳥も奈良の田舎の星空を想い浮かべていた。

「シンチレーションというんです。地球の大気のゆれで起こります。風が吹くと、空気の気圧のバラつきが起こり気圧の違う所を光が通過する時に微妙に屈折して、瞬くように見えるのです」

「フムフム。さすがは物理学者だな」と飛鳥も、さっきの曹長も感心していた。

両側に山のシルエットが見えた。二時間で太孟鎮を通過した。そこから三十分走った。まわりには何もない原野である。

「右に見える岩山が箕子山だ」と曹長が長谷川にサンパチを肩に背負うように指示した。

「その岩山まで歩くのですか?」

「高粱畑を10キロメートル歩く」歩兵たちは夜襲に慣れているのか、どんどん高粱畑の中に入って行った。もう誰も、しゃべっていない。9キロは歩いたところで、先頭の曹長が「停まれ」と言うと、兵隊たちは一斉に停まった。

「敵の動きが見えた。ここから匍匐(ほふく)で300メートル進む。散開しろ」歩兵400名が地面に腹這いになった。長谷川と飛鳥は最後尾である。長谷川の心臓が破裂するかと思うほど動悸した。それが飛鳥に分ったのか、長谷川の肩に手を乗せた。そして、水筒の水を飲むと長谷川に手渡した。

前の歩兵が停まった。「岩山から350メートルだ」と言った。四人の歩兵が袋に土を入れて、瞬く間に土塁を築いた。機関銃を据えるためだ。九十五式野砲は持って来なかった。15センチ榴弾砲は、10キロの遠方から南京城などを撃つもので、歩兵大隊が必要なのだ。歩兵400名の夜襲には向かないどころか大荷物なのだ。

「敵の方が有利だが、先頭の歩兵20名が銃剣で夜襲をかける。これは、斬り込み隊が発見された場合の援護射撃のためだ。九十式機関銃六機を据えてある」

「夜襲が失敗した場合は?」と飛鳥が訊いた。

「失敗することのほうが多い。そのときは、十一式軽機関銃を担いで敵の陣地に接近する。あなた方は残るか?」と機関銃手が上目で長谷川の眼を覗いていた。

「上官が決めます」と長谷川が飛鳥を振り返った。

「いや、ここに残る」と飛鳥上等兵は明快だった。

「戦果に拘わらず夜明けに引き上げる」

「すると、最長でも、四時間の戦闘ですか?」

「戦況次第だ。砦の殲滅が目的だから」

「敵の人数は?」

「分らん。だが、岩山の砦の問題は水だから、百人かな?ただし、裾野には千人は張っているだろう」

その裾野で悲鳴が上がった。――銃声が聞こえなかった。銃剣だろう、、50メートルぐらいの岩の上から機銃が鳴り出した。裾野の日本兵は見えないはずだ、、メチャクチャに撃っている。銃口から炎が見える。

「曹長、撃ちますか?」

「いや、もう少し待て」

そのとき、目の前の岩山の探照灯がわが方の九十式機関銃の土塁を照らした。機関銃銃手は曹長の号令を待たず撃ち出した。相当、腕の良い若者である。探照灯が消えた。敵が移動するのが微かな月光の下に見えた。支那兵は10人はいた。へっぴり腰が滑稽だった。

パチパチと高粱に当たる音がした。敵が撃ち出したのだ。「弾込めろ」と曹長が、ガナッタ。10名の歩兵が、ガチャガチャとボルトを引いて弾を込めた。サンパチは6個の弾を装填出来る。そして機関銃が鳴り出すと、一斉に岩山を狙って撃った。三八式歩兵銃の有効射程は460メートルである。歴戦の歩兵曹長は、出来るだけ近着きたいのだ。下から撃つには、350メートルは必要なのである。それ以上の距離では、ションベン弾になるからだ。

日本軍の南側200メートルの高粱畑が揺れた。国民革命軍こと支那軍だ。厳密にいうと土民兵である。100人はいるだろう。曹長の率いる歩兵銃隊は40名なのだ。だが、歴戦の関東軍第五師団の歩兵である。

「銃剣を着けろ!」若者たちは無言で着剣した。4人一組になって五組が左右に分かれた。支那軍は横から突かれるのが苦手なのだ。向きを変えなければならないし、すると、横一列になっていた布陣が縦一列になり混乱するのだ。ここが、戦闘経験のある関東軍と俄かに集めた農民兵の違いなのである。

「どうする?」と飛鳥が長谷川に訊いた。

「見に行きましょう」二人は歩兵小隊の30メートル後ろからついて行った。長谷川が着剣した。手が震えた。横を見ると、月光の下で南部拳銃を手に持った飛鳥が笑っていた。

「少尉の南部も俺にくれよ」長谷川が南部をベルトから外して、飛鳥に渡した。飛鳥大尉は、人の好い百姓か寄席の落語家に見えた、丸い顔に眉毛が八の字に下がっている。そういえば、恐い顔になったことがない。なれないのだ。

「二挺拳銃ですか?アメリカの無声映画を見たことがあります」と今度は長谷川がフフフと笑った。二人の憲兵将校がパンを齧りながら背中を屈めて歩いた。半月が雲間に隠れた。山のシルエット以外、何も見えなくなった。そのとき、悲鳴が上がった。支那語で何やらわめいている。歩兵小隊が突撃を開始したのだ。

「ここで観戦しよう」と30メートル離れて座った。月が雲間から出た。日本軍の鉄帽が見えた。洗面器のような鉄帽を被っているのが支那兵である。四人の支那兵が銃剣に刺されて声もなく倒れた。動顚した支那兵たちは逃げ出した。三十八式小銃の音があちこちでした。

「深追いは無用だ。引き返そう」と曹長。40名の歩兵はみな無事だった。再び、高粱畑の中を北へ移動した。斉藤大佐の指揮する本隊に合流するためであった。

「あっけないな」と飛鳥。

「はあ、初めて白兵戦を見ました。第五軍は強いですね」と小柄だが精鋭の関東軍に強い印象を受けた。

「日本軍の強さはね、行軍で脚が強いからだよ」と飛鳥。長谷川が八甲田山雪中行軍の英雄、後藤房之助伍長の銅像へ親子四人で行った日を想い出していた。

北からパンパンと数百の発砲音が聞こえた。斉藤大佐の本隊から伝令が来た。「合流せず、北へ2キロ移動せよ」と。二挺拳銃の飛鳥大尉が時計を見ると、五時になっていた。間もなく夜明けだ。

歩兵小隊が走り出した。「ワー」という声が上がった。支那軍800人が襲ってきた。日本軍は400名足らず。十一式軽機関銃6機が鳴り出した。それでも支那兵は迫ってきた。すると、今度は九十式重機関銃が鳴り出した。

「敵は機関銃を持っていないのですか?」長谷川が兵隊に訊いていた。

「持っているが、日本の歩兵は散開している。重火器は撃つとその場所が判る。こちらの軽機関銃の集中砲火を浴びる。軽機関銃は重さが10キロ。肩に担いで移動が簡単なんだ」と兵隊が言った途端、高粱畑の中から洗面器の鉄帽が飛び出してきた。十人はいた。咄嗟に飛鳥大尉が二挺拳銃を放った。敵兵三人が倒れた。歩兵が一斉にサンパチを連発した。長谷川も撃った。顔を撃たれた洗面器がひっくり返った。これが長谷川道夫の初めての敵兵射殺となったのである。

朝陽が顔を出した。どんどん明るくなってくる。支那兵が逃走し始めた。それを軽機関銃が追った。

「戦闘停止!」と斉藤大佐が命令を出した。

「出発した点へ戻れ!」曹長がガナッタ。

出発点に戻ると軍曹が兵を座らせて、点呼しては記録表にチェックマークを入れた。

「わが方の戦死25名~負傷54名です」と大佐に報告した。戦死者を最初にトラックに積んだ。負傷兵は看護兵と軍医が、その場で応急手当をした。80キロ北の日本軍基地へ帰るのだ。トラックに載った兵たちが鉄帽の顎紐を解いて外した。そして、倒れた戦友に頭(こうべ)を垂れた。

長谷川が固い表情をしている。飛鳥は話し掛けなかった。ただ、黙って、南部を返したのである。

関東軍第六師団の基地に入ると、衛生兵が担架を持って走ってきた。兵隊たちがトラックから降りた。サンパチを銃架に立てると、その場で越中フンドシ一枚になった。二等兵たちが、その歩兵たちに石鹸を手渡して、ホースで水をかけた。長谷川も、飛鳥も、、

歩兵300名が兵隊食堂でカツ丼を食った。青島ビールが出た。「何杯食ってもよい」と斉藤大佐も兵隊の中に座った。

「ご苦労であった。明朝の起床ラッパまで自由である。飯も自由である」と大佐が締めくくった。

                           *

翌朝、飛鳥と長谷川が太原第六師団の司令官に礼を言った。

「新京へお帰りか?」

「は、次の任務が待っています」と飛鳥が答えた。

「観戦は役にたったか?」

「敵を殺しました」と長谷川が言うと「初めてか?」と訊かれた。

「熊を撃ったことはありますが、人間を撃ったのは初めてです」というと、司令官はそれ以上の質問をしなかった。二人が敬礼をした。司令官が返礼した。

十一人の乗客を乗せて、九七式輸送機キ34は、軽々と離陸した。

                     ~第一部(完)~







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隼速報の伊勢です。ぼくも1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。



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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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