2015/08/26 (Wed) 万死に値する面々
kono murayama

村山富市が抗日戦勝記念日に出掛けた。となりの男も国賊である。


hatoyama crimea 3.12.15

こいつは、世界を土下座して回っている、、万死に値する。伊勢平次郎 ルイジアナ


連載小説「憲兵大尉の娘」(18)



1937年の満州国国軍飛行隊。前年の1936年に初飛行した九十七式陸攻が後ろに見える。

(18)

天津から大連の周水子陸軍航空基地までは、360キロなのだ。ちょうど、葫蘆島北駅へ汽車で戻る距離である。九七式輸送機キ34輸送機が再び飛び立った。快晴である。飛び立ってすぐ渤海湾が眼下に見えた。波のない静かな海である。輸送機はあまり高度を上げなかった。海上を3000メートルで飛んだ。遼東半島の南端が見えた。203高地と旅順港が右手に見えた。周水子には、40分の飛行だった。

「降ろす貨物はない。乗客が入れ替わる。郵便を積んだら新京へ出発する」とクルーが言った。海軍士官が4人乗り込んだ。憲兵士官を見て敬礼をした。

「満州国空軍基地まで、700キロメートル。天気晴朗。約1時間50分で着く」とアナウンスがあった。今度は高度を上げている。遼東半島は小高い山が連なる。大陸に入ると土埃の荒野なのだ。

(歴史)1937年2月、満州国軍内に飛行隊が発足した。基地は新京の満州航空の飛行場を共同使用する形で設けられ、主な配備機種としては九七式戦闘機、一式戦闘機などがあった。その後、奉天やハルビンにも飛行隊が相次いで設置された。1940年に、航空機操縦士を養成する「陸軍飛行学校」が開校した。太平洋戦争末期には「蘭花特別攻撃隊」という特別攻撃隊が編成され、B-29に向けて体当たり攻撃を行った。

輸送機は満鉄線に沿って北上した。新京駅が眼下に見えた。市街は街路が広くポプラ並木が美しい。南北に流れる川が見えた。
「伊通川って言うんだ」と飛鳥が大声で行った。爆音が大きく海軍士官も大声で話していた。高度を下げた。着陸姿勢にはいり、「ドカン」と着地した。操縦士が、輸送機をユーターすると、駐機場で機関を止めた。飛鳥がクルーに礼を言った。クルーが敬礼した。海軍士官もそれそれ敬礼をしていた。

30分後、飛鳥と長谷川が憲兵司令部に入った。少佐に会って、一部始終を報告した。

「JTチュウはどうしたのか?」

「ハッ、自分が射殺しました」と飛鳥が言うと、少佐が頷いた。

「長谷川少尉、きみは元気か?」

「ハッ、支那兵を殺しました。飛行機に初めて乗りました。全てがビックリでした」と正直に言った。長谷川は敵兵の前では搔かなかった汗を搔いていた。つまり上官のほうが恐いのである。

                           *

「俺と君は相部屋だ」

「大尉殿の鼾は軽いので助かります」と笑った。憲兵宿舎へ向かった。

部屋に入ると、ベッドの上に小包みが置いてあった。青森の貞子からであった。開けると、マフラーと手袋が入っていた。一枚の写真が出てきた。貞子~ミチル~ミチコ~長谷川の父母が八甲田山を背景にして写っていた。妻の手紙を読んだ。

「ミチルは七歳になりました。八甲田小学校二年生です。あなたが満州へ渡ってから、ミチルが津軽三味線を習い始めています。手がまだ発達していないけど、音感がとても良いとお師匠さんです。お父さんも、お母さんも元気です。牧場の子馬がすくすくと育っています。貞子」

飛鳥が長谷川を見ていた。「日本飯が食いたい。兵隊食堂へ行くか?」と訊いた。

二人は、秋刀魚の塩焼き~味噌汁~漬物を黙々と食った。

「私はこれから何をするんですか?」

「俺と君は相棒なのだ。大尉というのは分隊長なんだが、兵隊を取り締まる任務じゃない。だが、北満へ行く」

「北満州というと広いですが?」

「馬占山に会いに行く」

飛鳥の話しはこうであった。馬占山は奉天で開かれた満州国建国会議に呼ばれて議定書に署名をした、、だが、その後に寝返り北満の荒野を徘徊している、、馬占山をソ連が支援しているのだ。

「明後日の朝、ハルビンへ飛ぶ。騎兵連隊に合流する」長谷川は「ロシア語は出来るか?」と旭川大隊で聞かれた日を想い出していた。畿内丸の甲板で遭ったハルビン関東軍騎兵連隊の連隊長は確か村田少尉と名乗った。

                         ~続く~







海外広報に、ご献金を頂きたい

日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。

A) 振込口座

1)金融機関   みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号   (普通)    2917217
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1)口座番号  10940-26934811
2)口座名    隼機関   ハヤブサキカン


*7月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~ 7月25日、SHO・KATSUさまが、5、000円を下さった。7月23日、YA・HIさまが、10、000円を下さった。WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。たいへん感謝しています。有難うね。日本はまだまだ、経済も、国防も、米国政府の援助が必要なのです。伊勢爺の論戦はそこに重点を置いたものです。アメリカを批判するのも、アメリカに失敗されたくないからです。伊勢


新藤兼人さんにメールを出した

[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。



comment

名無しの投稿さん

2007年の慰安婦決議からアメリカの論調が変わっている。「日本は重要な国」という認識があるからです。中韓露は日米にとって有害な国ですからね。伊勢
2015/08/28 11:31 | 伊勢 [ 編集 ]

http://news.infoseek.co.jp/article/sankein_sk220150828086/

韓国系、慰安婦碑取り下げ 米フラトン市、設置見送り決定

米カリフォルニア州フラトン市博物館に韓国系団体が慰安婦碑の設置を
求めていた問題で、この団体が自ら提案を取り下げていたことが分かった。
博物館は設置見送りを正式に決定した。北米や豪州で慰安婦像や碑の
設置提案が市議会などで否決されたケースはあるが、取り下げは異例。
行政側が「地域の摩擦」を懸念し、反日活動にブレーキをかけた
可能性がある。

碑の設置は、同州グレンデール市の慰安婦像設置を推進した
「カリフォルニア州韓国系米国人フォーラム」(KAFC)が提案。
フラトン市議会で昨年8月、慰安婦問題での日本政府を非難する決議案と、
慰安婦碑(像)の設置を支持する決議案が賛成多数で採択されたのを受けて、
市博物館敷地内への慰安婦碑設置を提案した。

関係者によると、博物館側とKAFC関係者は今年2月以降に数回接触。
博物館側は碑を常設する案のほかに、展示会などに合わせて一時的に
設置する案も検討するよう促したが、話し合いは決裂。KAFCは提案を
取り下げた。

設置反対派の在米日本人らは8千以上の署名と、こうした非難への
反論資料などを博物館に提出した。中でも影響を与えたとされるのが、
同市に事務所を持つ、朝鮮戦争の退役軍人で日系2世のロバート・ワダさん
(85)の手紙だ。

《こうした碑の設置は、多様性を認める市の一部の人にしか利益を
もたらさない》。ワダさんの手紙は、隣接するブエナパーク市で2013年、
慰安婦像設置の提案があった際も市議全員に送付され、市議会が採決を
見送った経緯がある。

市議会で碑設置を訴えた韓国系高校生の反日感情に基づく誤った認識を
掲載した学校新聞の記事がネット上に掲載された際、朝鮮戦争で韓国のために
命がけで戦ったワダさんは猛反発。怒りは市や行政当局に伝わり、記事は
削除された。

慰安婦碑の設置見送りについて、韓国メディアは「日本側の妨害が決定的な
影響を及ぼした」と伝えているが、韓国側の推進活動が「反日一色」と
受け止められたとの指摘もある。
2015/08/28 11:14 | [ 編集 ]

kenji先生

過去も、現在も、上も、下も、実に薄っぺらな国民性です。治らないと思いますよ。その薄っぺらさは家屋にも見える。夢を見る少女のように弱い。諦めでしょうね。でも、「諦める心は、負ける心」なのです。伊勢
2015/08/27 11:22 | 伊勢 [ 編集 ]

 大東亜戦争前、対米戦論を唱えた、連中の生まれ変わりですよ。
 対米主戦論を唱えた人々の考え方は戦後革新勢力、その他それに類する人々に引き継がれた。
 わが国の歴史、文化、生存の条件を基に考える人は少ない。
 ずばり言うと、古事記、日本書紀は天皇家のお話で、日本のものではないという考えもあるということです。
 それらが重要ではないということではありません。
読んだことはないが、新井白石などは天皇家は山城国の一領主にすぎず、それなりの条件があると見ていたようです。それによって、天皇家の天皇のが途絶えるといけないので、ひとつの宮家をつくった。お国替えはないということです。これが幕府の基本方針で、沖縄の知事など幕府なら、とっくの昔に断絶でしょう。ふと届きという理由で。白石のそれが幕末に役に立ち、現在の天皇家があります。
 元も我々日本人は歴史などという概念を自ら生み出したわけではなく、支那からと明治以降西洋から入ってきたものにすぎず、そのため変なことを主張する人がいる。それは複雑な問題が出てきます。
 場所を変えればこの手の日本人はうようよいますよ。
教育界には、たとえば、外国の教育理論をもとにして、教えるといった人々と、村山氏たちは同じでしょう。
 最近は国立大学において文系の廃止を言う人がいますがこれはもともと大学が明治のとき西洋のそれを真似て作ったものだから、効率という視点ででてきます。役に立つという視点からでしょう。
未曾有の国難にわれわれは直面している。大東亜戦争前と同じです。私の基本認識です。
2015/08/27 08:31 | kenji [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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