2015/08/27 (Thu) 泣きながら抵抗しよう
https://youtu.be/SBSxENND8E8

なかにし礼は、五歳のときの自分の体験を基に非戦平和主義を宣伝している。「日本の為に逝け」と言いたい。伊勢平次郎 ルイジアナ





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<「私が身命を賭して守り抜く」

有難うね。ぼくが22歳の頃、横浜でタクシーの運ちゃんをして渡米するカネを貯めた。タクシー会社には、ガススタンドがあった、そのおっちゃんは、「アメリカへ行く」という、ぼくを可愛がった。おっちゃんは中支から生還したひとだった。毎年一度、戦友たちが小隊長を招いて大宴会をやってた。その度に、ぼくに、ガススタンドの代役を頼んだ。おきな小費いとビール1ケースをくれた。この人たちも武装解除しなかったのです。伊勢
2015/08/30 09:44 | 伊勢 [ 編集 ]

名無しの投稿さま

有難うね。鋭い指摘です。ぼくも、その観点から「憲兵大尉の娘」を書いている。主人公の長谷川道夫は軍国少年ではなかった。北大では、人類を愛するリベラルだった。だが、満州の戦場を転々と歩くことで目が醒める、、

満州は大きな舞台ですね。ぼくも新京で生まれた。明治大学や三重県立師範大学の兄らは学徒動員。三兄は予科練へ志願した。ぼくは、「九条の会」や「なかにし礼」は非国民だと思っている。この連中は、天皇陛下も尊敬しないし~靖国には参らないのでしょう。「日本人の心と精神」を失っている。伊勢
2015/08/30 09:34 | 伊勢 [ 編集 ]

「私が身命を賭して守り抜く」

昭和20(1945)年8月15日の敗戦の日を、根本は北京の
北西150キロほどにある張家口で迎えた。張家口は万里の長城のすぐ外側に
あり、そこから先は内モンゴルの地である。根本はモンゴルの大部分を
警備する駐蒙軍の司令官であった。

ラジオから流れてきた昭和天皇の玉音は、9年前の北海道での
陸軍特別大演習で、巡視中の陛下から「将兵はみな元気か?」と
直接かけられたお声そのままだった。

玉音放送の後は、根本がマイクに向かって、「彊民(地元民)、邦人、
および我が部下等の生命は、私が身命を賭して守り抜く覚悟です」と
語りかけた。玉音放送の直後だけに、根本の声はモンゴル地区に散在していた
日本人居留民たちを安心させた。

放送の後、根本は全軍に命じた。「理由の如何を問わず、陣地に侵入する
ソ連軍を断乎撃滅すべし。これに対する責任は、司令官たるこの根本が
一切を負う」

本国からは武装解除命令が出ていたが、ソ連軍の本質を見抜いていた
根本 博中将はそれに従わなかった。日本軍が武装解除すれば、ソ連軍は
邦人に対して略奪、虐殺、強姦の限りを尽くすだろう。
6日前の8月9日から満洲に侵入してきたソ連軍の蛮行は刻々と
伝えられていた。

本国からの武装解除命令を無視してソ連軍と戦うことは、戦勝国からは
「戦争犯罪」とされるが、根本中将は その責任は自分一人で負えば良いと
覚悟していた。

司令官の断固たる決意に、駐蒙軍の将兵も闘志を燃やし、攻め込んできた
ソ連軍と激戦を展開した。
8月15日、16日のソ連軍の攻撃は特に激しかったが、駐蒙軍の頑強な
抵抗によって、戦車15台の残骸を残して退却していった。
2015/08/30 08:42 | [ 編集 ]

【ニッポンの新常識】戦争を実体験した女性作家 安保法案「反対」の矛盾に
疑問 K・ギルバート氏

終戦後、大陸から引き揚げてきた人々は、ソ連軍の蛮行を体験してきた

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/images/20150829/dms1508291000002-p1.jpg

先日、満洲で終戦を迎えたときに14歳だった、女性作家のラジオ番組を
聴いた。先の戦争を実体験した人ならではの話は、とても興味深かったが、
私には論理矛盾が気になった。

ご本人も気付いていない様子だったので、少し指摘してみたい。

1945年8月9日未明、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して、
満洲や樺太、千島列島への侵略を始めた。1週間もせずに日本政府は
ポツダム宣言を受諾した。満洲に駐留する日本軍も武装解除された。
彼女は銃が積み上がる様子を窓から実際に見たという。

その後、満洲では中国人やソ連兵による暴動や略奪が相次いだ。
家財はおろか、命を奪われた日本人も少なくない。武装解除のせいで
日本軍が日本人居留民を守れなくなったからである。

彼女自身も、ソ連軍将校に強姦されそうになったという。激しく抵抗した後、
物置に隠れて難を逃れた。母親も娘を守ろうと必死に抵抗したそうだ。
ちなみに母親の行動は正当防衛に当たるが、これは個人レベルの
集団的自衛権行使と言い換えることもできる。

彼女は現在、憲法9条を信奉し、反戦平和運動を行っているが、戦時中は
「軍国少女」だった。国のために命をささげる覚悟だったのに、国とは一晩で
無くなるものかとむなしく感じたそうだ。平穏な日本人居留地の治安が
崩壊したことを、「国が無くなった」と表現したのだろう。

繰り返しになるが、ソ連兵などの暴動や略奪の原因は、敗戦による日本軍の
武装解除である。

つまり、強い軍隊がいなければ、国は国民を守れないという現実を彼女は
実体験として知っている。

それなのに憲法9条を信奉し、国の自衛権を強化する安全保障関連法案に
反対する矛盾を、頭の中でどう処理しているのか、不思議である。

学徒動員兵の遺書を集めた『きけ わだつみのこえ』が反戦平和運動に
転向したきっかけと話していたが、あれはGHQ(連合国軍総司令部)の
意向を受けたプロパガンダ作品との指摘がある。

大本営発表の洗脳から、GHQのWGIP
(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の洗脳へと
自動スライドしただけで、彼女の人生は、ずっと洗脳状態に
あるのではないか。

「自分自身の頭でよく考えるべきだ」と、彼女は呼びかけていた。
まったくその通りである。まずは自分の 頭の中にある古臭い常識を
最新版にアップデートしたうえで、彼女自身がもう一度、自分の頭で
考えてほしい。
2015/08/30 08:33 | [ 編集 ]

kenji先生

なかにしは「泣きながら抵抗して」死ぬ。こういう人種は何人いるのかな?日本は亡国に向かっていると思う。そうです、日ソ戦争なんてない。ここを明らかにせず、安倍さんは日露交渉をするべきじゃない。積極的平和主義も、非戦平和主義に似たり。伊勢
2015/08/28 10:27 | 伊勢 [ 編集 ]

ソ連侵攻後の満州の記録を読むと、なぜかソ連の侵攻を不当でかつ残虐であったとははっきり認識していないと思う。
 満州の悲劇は他国へ侵攻したことではなく、軍事力がよわかったに過ぎないという事実を明快に直面して、二度と同じ事を起こさないためには、何が必要かという反省はどこにもない。
 北海道道民は北海道が満州と同じことにならない補償はどこにもないことはソ連が日ソ中立条約を無視した事実を見ればいい。
 なかにし氏の思考の下は本土も蹂躙されていたなら生じないもので、中東の歴史を少しでも知るなら、これしきのことで< 泣きながら抵抗しよう>というようでは、満州から帰還できたのは偶然の産物に過ぎない。
 中東でなきながら抵抗して何が起きるか?目の前に事実があるのに。
 戦後の多くの反省やおせっかいは外国人に言えば、ただ腹のそこで、笑われるか、こいつ、気がくるっていると思われるだけですよ。
 一例を挙げれば、わが国では十二月八日ですが世界は中二月七日ですよ、。十二月七日に何が起きたのかを知ることでしょう。
 多分赤い月を満州人によませれば、問題にしないでしょうね。
 思考の枠組みが、教育勅語的です。これは別な説明をする必要がありますが、別の機会に。
2015/08/28 09:08 | kenji [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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