2015/09/14 (Mon) 国が衰退しようが、男がピンクのパンテイを穿こうが、、


これがテキサスの女である。えっ、セクシーじゃないって?

最近、歳をとったからか、「日本が衰退しようが、男が化粧しようが、どうでもいい」と思うようになった。日本の運命は日本人が決めれば良いのだからと。だいたいのアメリカ人は、そう思っている。だから、沖縄が嫌なら、他のチョイスを考えるだろう。伊勢でも沖縄にはうんざりする。一方、ハヤブサやぽんにも、うんざりしている。こういう連中はどうにもならない精神を持っているからだ。いったい、何人ぐらいいるんだろうか?伊勢平次郎 ルイジアナ







連載小説「憲兵大尉の娘」(40)

表紙憲兵大尉の娘_convert_20150830145240


(40)


島崎伍長を先頭にして80キロ北の満蒙開拓移民団の村落を目指した。食料とテント、鍋、釜を積んだラバ二頭を従えていた。

二・二六事件の起きた1936年に広田内閣は満蒙移民政策を施行した。当初500満員を入植させると行きごんでいたが、1945年までの期間に27万人が入植しただけである。

「満州拓殖公社が無人地帯を安価に買い上げたんです。何故、無人地帯かと言うと、やはりソ連国境の恐怖です。今年は、20万人が入植予定であります」と伍長が轡を並べている長谷川に語った。

「しかし、何故、そのソ連国境を選んだのかな?」

「ま、土地が安いが第一で~開拓団を一種の国境守備隊にするというのが第二の理由でしょう」

「国境守備隊?」長谷川が苦い顔をした。

「自分も賛成ではありません」

北風が吹いていた。長谷川が寒気を覚えた。

「気温が下がっている。雪が降るでしょう。6時間来たから野営を準備しましょう」

「イワノフ、ここで野営する」

「オーチン、ハラショー」とオールド・ドンを降りたイワノフがラバから荷を降ろした。ウランが枯れたモミの木を一本見つけて斧を振るった。ドッサンと大木が倒れた。イワノフが代わった。ウランが焚き木に火を着けた。島崎伍長は馬に飼葉をやっていた。最初に湯を沸かして凍った雪を溶かした。暖かい水を三個のバケツに分けた。長谷川が米を研いでいる間にイワノフが一束の薪を持って来た。焚き火がごんごんと立ち上がった。イワノフとウランがテントを張って毛布を数枚投げ込んだ。今夜の献立は駐屯所の給食兵が持たせた鶏肉の煮込みだった。イワノフがウォッカを取り出していた。冷たい黒パンをむしりながら食べていた。普段、飲まない長谷川が「イワノフ、俺にも一杯くれ」と言ったのでイワノフが驚いた。それほど寒いのだ。「俺にもくれ」と伍長まで加わった。ウランだけが飲まなかった。キャンバスのシートを敷いて枯れ草を盛り、馬とラバの足を守った。やがて雪が降り出した。

「雪だ。これ以上は気温は下がらない」と島崎伍長が喜んでいた。イワノフが信じられないほどの太い薪を担いで来た。ウランがそれを上手に組んでいた。

「湯は一晩中あります。のろの胡椒焼きもあります」とイワノフ。実に頼り甲斐のある韃靼なのである。「馬でも担げそうだな」と伍長が笑っていた。長谷川は「米作民族の日本人は体格が悪い」と思った。

                        *

起きると朝陽が射していた。あたり一面が銀世界なのだ。ウランとイワノフが焚き火を起こしていた。昨夜の残りを温めて食った。馬たちは元気に大麦を食っている。みんなで、バタバタとテントを畳んでラバに載せた。馬に跨った。

「ご一同さん、今日は40キロは行ける。北に川がある」と伍長がタバコの煙を輪にして澄んだ空気の中にはいた。

昼飯はパンとスープで終わらせた。午後の4時過ぎに川が見えた。イワに氷が張っていたが、流れのある処は凍っていなかった。イワノフとウランが馬から飛び降りて丸裸になった。

「え~?川に入るんじゃなかろうな」と伍長。

イワノフが「クプチャクカーン」と叫んで小川に飛び込んだ。ウランが続いた。さすがの伍長もぶったまげた。

長谷川と伍長がラバから薪を降ろして焚き火に取り掛かった。イワノフが裸のままで、薪を割った。ウランは馬の世話をした。やはり裸のままで、、

「こいら、どうなっとんじゃ?」と伍長が笑った。

イワノフが服を着ると、給食兵から貰ってきた鴨を二羽袋から取り出した。支那包丁で叩き切り、金串に刺して、胡椒、塩、醤油、ウォッカ、砂糖を手で揉み込んだ。焼けるまで湯にウォッカを入れて飲んでいた。ウランがパンを炙った。あとは、乾し椎茸と鶏がらのスープだけだ。


manchuria immigrant

開拓団の集落が地平線に見えた。全くの平野である。ここは2万人の入植だと伍長が話した。金沢県の人たちで若い夫婦と子供が多いのだと。だが、彼らはスッピンピンで移民したのではなかった。広田内閣は一応、開拓希望者に土地購入費(二十五エーカー)一千円~家屋二百円~農具その他必要品二百円~生活費(移住後一年間、四百円~渡満費(一人当り五十円を支給すると始めたが、未曾有の不況のために、たちまちのうちに予算がなくなって行った。実際に支給した条件は記録にない。

(註)満州は記録がないか失われたのか実像が不明なことが多い。戦車の数~航空機の数~や放の数、、シベリア抑留者~満蒙開拓団~どのくらいのお墓が残っているのか。これほど、東京政府も関東軍も余裕がなかったことだけが明らかである。

一軒の開拓団一家の家に向かった。意外に大きな家屋で馬小屋と納屋もあった。犬が吼えた。4人のキャラバンが近着いてくるのが判ったらしい。若い男が扉を少しだけ開けて銃を持って立っているのが見えた。

「お~い。佳木斯の連隊だ」と島崎伍長が叫んだ。男が銃を降ろした。一家全員が出て迎えた。若い夫婦と子供が3人である。

「むさ苦しいところですが、どうぞ入ってください」と中村と名乗った亭主が言った。中に入ると室内は暖かかった。囲炉裏があって大鍋が下がっていた。暖炉もある。ノロの薄切りや家鴨を燻製にしていた。

「これが冬の収入元なんです」と主婦が言った。

「何か不足なものはある?」と伍長が訊いた。

「家庭薬が不足なんです」

伍長が富山の家庭薬一式を差し出した。主婦が喜んだ。子供に酒保から持って来た菓子を与えた。仏壇があった。
「誰か亡くなったのですか?」と長谷川が訊いた。

「ええ、妹が先月肺炎で亡くなったんです。この村には医者がいませんので子供がよく死にます」と主婦が目を伏せた。

「その死亡記録は何処に出しているのですか?」

「佳木斯の市役所です。週に一回、村の若者が郵便を取りに行きます」

「今夜、お宅に泊めていただけるか?」と伍長。

「勿論ですよ。床に寝るしかないですけど」

イワノフが米、醤油、味噌、砂糖、塩を運んで来た。主婦が泣きそうになった。

「さあ、何を作りましょう」と主婦がひとりごちていた。

                              *

長谷川は、雄鶏の時の声で目が覚めた。イワノフを見ると大きな犬と寝ていた。ウランと島崎伍長の床は空である。馬の世話に出ていた。

「今日の昼に村の寄り合いがあるんです。みなさんも、どうですか?」
「それは有難い。話しが聞ける」

寄り合いは村の中で一番大きい家族の家で行われた。この一家は商家の出で村役場でもあった。「庄屋」と呼んでいた。
この日の議題は共同墓地を造るかどうかであった。共同墓地にすればお坊さんに来てもらえるからである。長谷川たち四人はただ聞いていた。クチを挟む話題じゃない。聞いていて判ったことは、現在のお墓は畑にあるということだ。「この2万人の入植者らは将来、バスが走る町を造るだろうか?」と長谷川は思いに耽っていた。

共同墓地は、しばらくは造らないことになった。つぎに佳木斯のマーケットに売る肉の燻製や筵(むしろ)の競売が行われた。庄屋が一手に引き受ける役目なのである。これが、一時間で終わると餅が配られた。旧正月なのだ。

最後に匪賊の話しが出た。この村から20キロ西北の村が匪賊に襲われたのだと。

「被害はあったのかね?」

「一人、青龍刀で殺されて、馬を二頭盗られた」

話しだとどうも共産匪ではなく、盗賊のようである。だが、伍長はメモに取った。長谷川は写真を撮らせてもらった。

外に出ると、飛行機の爆音が北から聞こえた。やがて、姿を現した。ずんぐりした形の戦闘機一機である。尾翼に赤い星があった。ソ連機だ。ゴロゴロと頭上を通り過ぎた。見上げると操縦士の顔が見えた。操縦士は写真機をこちらに向けた。長谷川が、ハンザ・キャノンの望遠レンズをいっぱいにして数枚撮った。

「時々、飛んで来ますよ」と庄屋が言った。

「偵察か写真を撮って地図を作っているかだ」と長谷川が伍長に言った。

「日本人が入植したと知っている」

4人は中村家に戻って、帰り支度をした。島崎伍長が、ノロの半身の燻製と中華風焼き家鴨20羽を「兵隊に食わす」と買った。亭主がお土産にと鑑餅をくれた。

帰りも三泊となった。家鴨を一羽食った。これは美味かった。三日目の昼、ようやく松花江の鉄橋を渡って連隊に帰った。

「何かあったか?」と黒木連隊長が迎えた。

「はっ、ソ連機を見ました。長谷川少尉が写真に撮りました」

「ハルピンにお帰りになったら一枚送ってくれんか?」

「勿論です。たいへんお世話になりました。連隊の安全を祈っています」と長谷川がお礼を述べた。

「スパシーボ、ドシダーニャ」と、イワノフとウランが同時に言った。

「おお、ちょっと待ってくれ」と伍長が兵舎に走って行った。騎兵と歩兵の30名を連れて帰った。歩兵4人がバーベルを持っていた、、

                                *

長谷川、イワノフ、ウランが佳木斯発上りハルピン行き急行列車に乗った。客車二両と貨車一両と軽かった。途中、牡丹江で停車しただけで、ハルピンに12時間で着いた。駅前のロータリーでハイヤーに乗り込んだ。長谷川は天龍公園で降りた。イワノフとウランを乗せたハイヤーが走り去った。長谷川がスターコウイッツ家の玄関に着いた。べるを押すと、イリヤが扉を開けた。カレンはいなかった。

翌日の朝、長谷川は領事館に行った。杉原領事とカレンに報告した。

「そのフィルムを現像しよう。待っている間に出来る」と写真技術者を呼んだ。

「僕も暗室に入っても良いでしょうか?」

「私も」とカレンが技術者に訊いた。勿論オーケーである。

技術者がフィルムをカメラから抜き取って現像液に浸けた。酸っぱい臭いがした。ピンセットでフィルムを洗った。佳木斯の大通り~松花館~松花江~オールド・ドン~連隊の食堂~イワノフの裸と泳いだ川~開拓団の寄り合い、、そしてソ連機が浮かび上がった。技術者が洗濯鋏に吊った。

「印画しますからお部屋で待っててください」と追い出された。会議室に入ると、領事と武官二人が話していた。カレンが紅茶とクッキーを持って来た。武官の一人がアルバムを見ていた。そこへ技術者が引き伸ばした印画を持って現れた。

「やはり思った通りですね。これです」とアルバムを開いてテーブルに置いた。武官が解説を読んだ。


russian 1936 polikalvof


nakajima 97 ki-27 nomonhan

「ソ連製ポリカルポフI-16戦闘機5型(1936年)、、最高時速440km~7.62mm~機銃4丁装備。高速の一撃離脱による攻撃に向いているが全てが重く愚鈍である。去年、南昌でソ連が提供した国民軍の同機は一式陸攻にボトボトと蝿のように落とされている。日本の中島97式陸攻キ27は、逆に軽量で俊足、空中戦を考えて設計されている。脚は出たままである。だが、まだ戦闘には遭わず偵察のみである」
                 
                             ~続く~


海外広報に、ご献金を頂きたい

日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。

A) 振込口座

1)金融機関   みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号   (普通)    2917217
3)口座名    隼機関   ハヤブサキカン

B) 郵便局口座

1)口座番号  10940-26934811
2)口座名    隼機関   ハヤブサキカン


8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。


新藤義考さんにメールを出した

[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。



comment

>日本の経済問題は「少子高齢化」なんです。女性化した若者はなんぼ言っても結婚しない。移民受け入れ以外のチョイスはない。

高齢化による経済問題は70歳まで働ける人は働けば、問題は生じないと見ているが、問題はその負担でしょう。
 どの道そのようになる。近在の人は65歳を過ぎても、みな働いている。それでいい。捨てておけば、収まるところへ収まる。空腹はそれほど人に強制する力がある。
 少子化はこれからエネルギーの確保が難しくなることが予測されるから、いい事と見て、わが国の国家運営における人口数をどれだけにするかです。仮に一億とすれば、それに合うように政府が政策を明快に示せばばいい。
 移民など文化の違いがおおきすぎるから、私は難しいと見ているが国際社会から見ると、移民受け入れ圧力は強まると見ている。がしかし、それこそ得意ののらりくらりで断ることです。ドイツは国境を閉鎖している。
 わが国はアメリカとは異なる。ここが一番の問題です。それよりも北朝鮮が南朝鮮が国策として難民を日本へ送ろうとして、船を出し始めたら、わが国はいかがするか。もう具体的に腹を決めておくことです。
 海の藻屑とすることです。それ以外にないと私は見ている。しかしそれは国内いる朝鮮人たちと衝突する。つまりわが国も内戦の可能性がある。
 先日、知り合いの工場へ行くとインドネシア人がいた。若い人で、いわゆる技術研修生としてきている。期間は三年です。そのむかし、負けて退却することを転進と言ってごまかして、最後に原爆を二発食らうことになったが、この技術研修生制度も、結果としてそのような原爆を食らうだろうと、今、どのような原爆か考えている。姑息としか言いようがないが逆に日本経済は人的劣化で追い詰められているとも言える。人が来ないとぼやいていた。
給料はと聞くと最低賃金制度に倣っているという。更に直接雇用しているという。それでも内はいい、なぜなら社長が自宅を宿泊所としているから、家賃が一万五千円で、しかもいろいろ食べ物もただでやっているから。
 一日6400円で166400円では、帰ってもかねたまらないのではというと、いや残業を多いときには5時間位するから、たまるよ。それにインドネシアは一月1万円だから。
 彼らがいなくなると回るときくと無理だという。
末端ではすでに外国人がいないと生産ができない、そこでできた原料は最終的にはトヨタへいっているという。 トヨタは移民を認めざるを得ないが、その移民が多分住むであろう田舎は移民がくることによって生じるいろいろな問題を引き受けることになり、ここで大きな衝突が起きるでしょう。インドネシア人がしている仕事はおそらく日本人はしないでしょう。老人ならするしかないから、するでしょう。ただ力仕事の要素がある。
 外国人を入れると、何が起きるか?それは日本人の貧困層と衝突する。
 極端なはなし、売春を日本人の貧困層と外国人がバッティングして、更にひどくなることです。構造的にはそれがあらゆる職種に及ぶ。それがグローバリズムでしょう。
 わが国にとって移民問題は困難を極める。
逆に日本人が移民をしなければならなくなったときそれを受け入れる国はどこか?農業なら多分アルゼンティンしかない。先読みね。
2015/09/14 18:18 | kenji [ 編集 ]

<2.26事件や5.15事件のようなことが起きるような改革が必要です。

それほど困窮していない。経済制裁を受けているロシアでさえ、自給自足が出来る。世界第三次大戦は妄想です。

日本の経済問題は「少子高齢化」なんです。女性化した若者はなんぼ言っても結婚しない。移民受け入れ以外のチョイスはない。例えば、シリア難民を受けいれるとか。必ず、良い日本国民になる。安倍氏は、イマジネーションが欠けたお坊ちゃん。官僚の上に座っているだけです。伊勢
2015/09/14 17:35 | 伊勢 [ 編集 ]

 安倍氏の経済知識はどの程度か知らないが、それならそれで自分は現在の経済状態を知り、また解決策をもっているという人が彼に意見をして、受け入れられなければ、今は戦前と違うから、公開において、それを表明して、その職を辞職すればいい。そのむかしのストックマン予算局長のように。それができるにはその人に財産が必要です。
 年金機構が株を買うわけだが、それは国内株だけではない。年金の保全は国債が有効か、外国株が有効か、微妙なところがある。
 事態は進展している。どの道、新しい形の世界戦争ですよ。その一部の行動として自覚することです。それが有効化はまた別ということです。
 まずは安保法案の通過でしょう。その次にどのような経済政策を採るか。またはとることができるか。それをするには国内の法規制をどれだけ撤廃できるか。既得権益者の、利益をいかにして、少なくするか?
 国内においても、血を見る改革、2.26事件や5.15事件のようなことが起きるような改革が必要です。
 
2015/09/14 16:19 | kenji [ 編集 ]

<安倍のみクスは失敗だというが、失敗なら失敗でいいから、次の案を出せというと誰も出せない状態でしょう。

いや、有りますよ。かっての昭和軍閥と同じで、聞く耳を持たないでしょうよ。伊勢
2015/09/14 11:18 | 伊勢 [ 編集 ]

戦後農地解放がされて、多くの農民が自作農となり、戦後の一場面といわれるがその裏面を見ると、違うでしょう。
 当時の小作、地主という関係は江戸時代から続いているものに、明治以降のものが加わった。それは物納から金納へと変わったことが主です。このため自作農が減った。また明治のとき所有権の変更があり、この意味を十分理解できない農民がいた。
 そこで満蒙開拓団や北海道の開拓団(屯田兵)に参加した人々はどのような人々だったか?
 それは小作農でも更に最下層の人々がおおく、満州に希望を抱いて、移住していった。すべてが最下層ではないが小作農の人が多かった。 また失業武士でした、また幕府側についた武士の人々でした。
 その結果はいかがか。本当に農地解放の恩恵を受けるべき人々は満州へいったから受けることはなかった。戦後再び国内の開拓地へといった。
 それでも解決は生じず、それ(生活の向上、飯が十分食べられて、しかも自由に移動ができて、どこでも職を探せるという世界)を解決したのはアメリカとの貿易、およびアメリカの外交政策(イラク民主化政策となって現れた元のもの)にうまく対応したわが国政府および産業人でしょう。それとアメリカによる本土空襲による徹底的な旧来の支配層破壊と、旧式設備の破壊でした。
 この本土空襲による徹底的な破壊がない限り、小作自作農に象徴されるわが国の社会制度、社会思想は改革へと進まなかったでしょう。
 この本土空襲は現在のTPP交渉の参考になると思うが間違いだろうか?シミュをすればいいだけですから。
 現在は石油産業は普通だったが、第二次世界大戦中は依然として石炭産業が主で石油産業はまたで始めたところでした。その状態で石炭産業がはかいされて、再建のときは石油産業だという転回ができた。これは実に大きな事で平和時に効率的にそれができたかと思うと大きな疑問でしょう。しかし、敗戦はそれに見合うかどうかはまた別です。
 わが国は国内改革と国防とTPPをすすめることで、国内の満州を改革することです。
 先日市の特別委員会を傍聴しましたが一般人はわたしひとり、議員の質問を聞くと、何ゆえ聞くのか不明なものがおおかった。実にのんきで、1944年になってものんきなことをしていたようなものです。
 当時の映画を見るとこれが戦時中の映画かという気がして、同時代のアメリカの映画をちらっとみたが、どちらが本気で戦争をしているかわからないきがします。それを見ると当時の日本人は本気で戦争をしていたとはおもわれない。だからあれだけの敗北を喫したのだと映画を見ただけでも思う。
 今の安倍首相が苦労をしているにもかかわらず、安倍のみクスは失敗だというが、失敗なら失敗でいいから、次の案を出せというと誰も出せない状態でしょう。国内は瀬島龍三のような人が対策を立てているでしょう。自分で前線を見て作戦を考えなかったひとでした。
2015/09/14 10:46 | kenji [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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