2015/09/18 (Fri) 韓国はルビコンを渡った
一般のアメリカ人は韓国がルビコン川を渡ったのを知っているのですか?

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/091500013/

統一は中国とスクラム組んで
帰国後も習近平を見つめる朴槿恵
鈴置 高史 2015年9月17日(木)

北京での抗日式典に参加し、国民から大きな支持を得た朴槿恵大統領。
帰国の機中で「中国と協力し統一を目指す」と宣言した。
この予想外の急速な中国傾斜に、
保守派も米中二股派も「韓米同盟が消滅する」と悲鳴をあげた。
◆支持率が20%も急騰
◆天安門の外で待たされた朝貢使
◆楼上の“怪しい指導者”たち
◆J社はC社の招待を断った
◆「国の行く末が心配」
◆「統一のために中国と協力」
◆中国のおもちゃになる
◆米軍撤収も中国と話し合うのか
◆「統一」で騙された大統領の暴走
◆俺の後ろには中国がいるぞ
◆もう、米国側に戻れない







連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(43)

表紙憲兵大尉の娘_convert_20150830145240

(43)

shanghai map


南京と上海の距離は301キロメートルである。揚子江の河幅だが、南京では、2キロメートル、上海は、真ん中に島があるが船が通過するのに充分な8キロメートルの幅がある。河口は、40キロメートルである。因みに、東京湾の湾口は、21キロメートルである。

ロッキードL15スーパーエレクトラが「ガタン」と脚を出した。上海の上空を通過して着陸姿勢に入った。湾口が見えた。日本の戦艦が4艦浮かんでいる。蒋介石の国民軍は海軍を持っていなかった。

「あれが戦艦朝日だよ」と海軍大佐が飛鳥に言った。





1938年、大日本帝国海軍の旗艦、出雲と朝日が上海沖に停泊している。「揚子江を逆上って南京に向かう」と海軍大佐が飛鳥に話していた。出雲は日本海軍の象徴として親しまれた戦艦であった。

「大佐殿は赴任されるのでありますか?」

「陸戦隊がどんどん上陸している。英米独仏の租界は今までイギリスが中心だった。90年前の阿片戦争以来だ。だが、日本疎開が中心になった。その日本租界や英米仏の租界まで蒋介石に無差別に空爆された。米ソの爆撃機だよ。つまり陸上戦で押し返すほかないのである」と大佐が言った。今で言う「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」である。

ロッキードが着陸した。空港は霧が立ち込めていて視界が悪い。五月だというのに湿気が凄い。

「でもなあ、この湿気が作物の助けなんだよ」と誰かが言った。農家出身だろう。

「何処に宿泊するのですか?」

「唐人街さ」飛鳥は南京路の桃園大酒店がここ一ヶ月の住家だと言った。

日本陸軍浦東飛行場で海軍将校たちと別れた。

「海軍陸戦隊にも来てくれ」と口髭の大佐が飛鳥に言った。在上海日本領事館の武官が待っていた。なんと、デトロイト製のダッジではないか。

上海の中心までで32キロである。黄浦江の橋を渡った。「バンド」と呼ばれる上海共同租界を通った。


バンドとは「海岸通り」を意味する英語で、中国人は「ワイタン」と言っている。当時の英国商人が貿易拠点として構えた豪著な建築物が並んでいる。ネオ・ルネッサンス様式~ネオ・バロック様式~1920年代から1930年代にかけて流行した、アール・デコの建築群なのである


Shanghai_1928_Bund_Cenotaph (1)

(註)上部が北で、下部が南。日本大使館は北にあった。ヨーロッパ風のお洒落な一角はここだけである。スラム街が南に拡がっていた。中華街やユダヤ難民のゲットーであった。

外国租界を簡単に語ってみよう。1843年の阿片戦争の結果である。清国は英国に負けた。開国を余儀なくされたのである。清と英国が南京条約を結んだ。英国商人らはこのバンドに土地を租借することに成功した。だが清は華洋分居という条文を作った。ヨーロッパ人を隔離したかった。「いずれ追い出す」というわけだ。このイギリス租界の成立の影響を受けて、アメリカ租界、フランス租界がそれぞれイギリス租界の横に出来た。これら三つの租界が「近代都市」上海の原型となったのである。

ところで、2013年、死んだ豚がこの黄浦江に投げ捨てられたことを知っている人は多いと思う。

日本総領事館に着いた。早速、領事に会った。

「上海にこられた用件は杉原領事から聞いています。上海は魔都と呼ばれるほどに妖怪が徘徊しています。秘密結社小刀会の武装蜂起をご存知ですか?その他、麻薬マフィア、殺人請負会社、露探、日本人のスパイが跋扈しているのです」

「南京路にある中華料理店の杏花楼に連れて行ってください」

「朝日新聞の尾崎が住んでいた?」

「そうです」

「何か、尾崎がしたのですか?」

「ただの調査です」

飛鳥と長谷川が支那人の服装に着替えた。飛鳥は着物、草履、庇のある帽子で支那人の金満家に見えた~長谷川は詰襟の国民服と支那の布靴である。ふたりとも肩から頭陀袋を下げている。改良された南部8ミリ大型とトカレフが入っていた。南京路の桃園大酒店の登録カウンターに立った。

「身分証明書を見せてください」と姑娘(くうにゃん)が飛鳥に聞いた。飛鳥と長谷川が領事から貰ったIDを見せた。

「黄さんと張さんですね?何日ぐらいのお泊りですか?」

「10日かな?一番いい部屋をくれない?」と宿泊料を払った。もうひとりの姑娘が三階の部屋に案内した。南京路に面していた。飛鳥が部屋の中を見て廻った。頑丈な鍵が着いている。

「これ相当古いホテルですね」

「多分、清代のものだろう」

「杏花楼で飯を食おう」

杏花楼は清時代からの老舗なのだ。料理店の上にアパートがある四階建て出会った。飾り窓ああるお洒落なアパートである。尾崎秀実の趣味が女性趣味だと感じた。上海蟹や酢豚、海老の甘辛煮と焼き飯を食った。太った店主が二人を見ていた。ふたりが満州語で話していたからだ。外へ出た。


セミオリンパスII型(1938)


「俺も写真機が買いたいな」と飛鳥がカメラ屋のウインドウを見ていた。

「オリンパスですね。今年、開発したと雑誌で読みました」

「じゃあ、それにしよう」

「大尉殿、どうして写真機なんですか?」

「租界の西洋館を見て、これを撮らなければ、女房や倅に叱られるからね。教えてくれよ」と支那人の金満家が笑った。桃園大酒店の部屋に戻った。桃園大酒店は杏花楼の隣なのである。

「さて」と言って、長谷川がトンツーの電信機を取り出していた。キーを叩いた。領事館に電信を送った。暗号で長谷川と判った電信技士が即座に「トン、トン、トン」と返して来た。「なにもない」という信号なのだ。飛鳥は新しい玩具をマニュアルを見ながら勉強していた。

「少尉、カメラは面白いね。あのね、交通手段なんだが、人力車がベストと思う。もうバンドの領事館には行かれない。出入りすれば尾行される」

「はっ、電信技士と何処かで会えるようにします」

「ハルピンの杉原さんが何か掴んでいるからだね?」

「カレンです」と言うと、飛鳥が大声で笑った。

「デキテルのか?」

「どういう意味ですか?」

「明日だがね、あるアメリカ人に会う。女だ」飛鳥が話題を変えた。長谷川は「誰かに会う」と聞いて、JT朱を想い起こしていた。飛鳥をじっと見ていた。

「心配するな」

                     *

「アグネスです」とそのアメリカ人が言った。飛鳥はこの女性は黒人の血が混じっていると確信していた。二人は中国語で話した。三人は黄裏江のカフェにいた。500メートル北に外国租界の建物が見える。

「黄です。こちらは張さんです」二人の憲兵将校は背広を着ていた。長谷川は偽眼鏡をかけていた。長谷川が「目覚めつつある支那」を持っているのをアグネスが見た。1938年ベストセラーとなったドイツの共産主義者カール・ウィットフォーゲルが書いた名著である。名著というのは、「何故、ロシア~中国~インド~アフリカに共産主義思想が根着いたのか?」と言う疑問に答えているからである。「アジア・アフリカは社会主義専制政治を好む」とその洞察力は多くの共産主義シンパを生んでいた。

「あら、張さんはインテリなのね?」

「とんでもない。みんな読んでるからですよ」

「朝日新聞の尾崎秀実さんをご存知?」

「私が上海や南京、重慶をご案内しましたから。尾崎さんはとてもインテリなんです。ドイツ語~英語~ロシア語~中国語のどれも話せます」

「今、満鉄の重役になっておられます」

「マンチュウクオ?」

「いいえ、東京の本社ですが。内閣の参与にもなられています」と飛鳥がアグネスに言うと笑みを浮かべた。

「私に何か?」と言うと、飛鳥が何か囁いた。

「小銃と弾薬ですって?どこの製品ですか?」

「チェコです」と長谷川が言うと、アグネスの目が大きくなった。

「見せてくれますか?」

「来週、またここで会いましょう」

                        ~続く~


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日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。

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8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。


新藤義考さんにメールを出した

[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。



comment

ルビコン川を渡ったのは韓国もだが、私はアメリカも渡ったと思う。南シナ海における中共の基地建設になんら有効な手立てをしないアメリカです。
 簡単につぶせるところだが、それができるかとなると別問題です。
 われわれはアメリカは南ベトナムを見捨てたという事実をどのように評価するかでしょう。
 第二次日英同盟の改定のとき、極東からインド洋の半分までに拡大した。それよりはるかに拡大したことになる。ホルムズ海峡はわが国の守備範囲を超える。
 これは事実だからどうしようもない。大東亜戦争のときでさえ、セイロン作戦がぎりぎりだった。インドの手を借りるしか道はない。
 南シナ海を押さえられたら、わが国は干上がること大東亜戦争が示している。わが国は明快に支那海軍の消滅を国策とすることです。支那を内乱へと持ていくことがその手だが、核兵器があるからそれは多分無理でしょう。極東はパワーゲームの世界となった。
2015/09/18 20:22 | kenji [ 編集 ]

http://www.businessnewsline.com/news/201509180342220000.html

オーストラリア政府、次期主力潜水艦購入で国内生産の条件を提示
・日本政府の提案は脱落
Posted 14 hours ago, by Sean Harris

オーストラリアのKevin Andrews(ケビン・アンドリュー)国防相は
17日、政府が進めている次期呪力潜水艦購入計画で、提案事業者に対して、
潜水艦の納入を行う際には生産の大部分をオーストラリア国内を行うことを
義務付ける方針を示した。

これにより、オーストラリアの次期主力潜水艦購入計画は、フランス造船
大手のDCNSが提案しているScorpene(スコルペヌ型潜水艦)か、
ドイツのThyssenKrupp Marine Systems(ティッセンクルップ・マリン
・システムズ)が提案しているType 214(214型潜水艦)の2社の
導入候補案が最終的に最有力候補として浮上してきたこととなる。

他に、日本政府も提案を行っていたが、日本の提案は現地生産を
見込んだものとはなっていないため、今回のアンドリュー国防相による
現地生産の条件義務付けにより、事実上、脱落したこととなる。
2015/09/18 19:39 | [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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