2015/09/24 (Thu) サンフランシスコのチャイナタウンに慰安婦像?
サンフランシスコの中韓抗日活動につき

明らかに現在の日本人を「敵」としている。一方では、安倍晋三は中韓を「敵」としていない。それは孤高の精神なのか?孤高で勝てるのか?それとも貿易のほうが優先なのか?この曖昧さは、安倍晋三の性格が弱い証拠である。安保法制でも説明が足りない。先祖の墓に報告した?それでは、こどもではないか。伊勢平次郎 ルイジアナ







連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(49)

表紙憲兵大尉の娘_convert_20150830145240


(49)

陸戦隊と歩兵連隊を乗せた輸送船のひとつが漢陽の岸に着いた。タラップを降ろして陸戦隊が続々と岸へ飛び降りて行った。そのとき「ヒュルヒュル」と朝の空気を裂く音がした。迫撃砲だ。続いて6発落ちて来た。

「伏せろ」と小隊長が叫んだ。兵隊には当たらず輸送船の甲板に落ちた。8名の歩兵が悲鳴を上げる暇もなく倒れた。「栗」の側面から98式機関砲が鳴り出した。九八式二十粍高射機関砲 ホキ砲は、日本陸軍が1938年(昭和13年)に採用した対空機関砲なのだが自走砲にも、沿岸砲艦にも搭載された。

陸戦隊が迫撃砲を三機、地面に据えた。砲身が長く大型の流弾を発射出来る。

「仰角45度~射程600メートル、400メートル、300メートル、、撃て」

敵の迫撃砲が黙った。死んだか逃げたか、、

「大尉殿、敵は誰なんですか?」

「共産軍だろう。武漢三鎮には、国民軍よりも共産軍が多い」

やはり共産軍だった。兵装が貧しいので判るのである。4人の共産兵が倒れていた。ひとりだけ生きている。両膝から下がない。日本兵をみて驚愕した。軍曹が「目を瞑れ」と言うと、額を撃ち抜いた。

共産軍が使った迫撃砲は第一次大戦のロシア製であった。

「持って帰りますか?」と一等兵が拳銃をケースに入れていた軍曹に訊いていた。

「いや、いらん」と笑った。

ちなみに、迫撃砲は英国のサー・ウイルフレッド・ストークスが考案したのが始めてだが、第一次大戦で始めて使われた。第一次大戦は兵器が一段と高度になったことで戦争そのものが凄惨となった。迫撃砲の特徴は軽便なことである。ストークは手榴弾を大きくすると効果があると考えたのである。だが、6ポンドもある手榴弾を投げれる巨人などいない。そこで、臼状の筒を作った。筒には螺旋がなく、底に撃芯の突起があるだけである。砲弾には尾翼が着いている。放物線を描いて飛んで行く。

「原始的とも言えるが、迫撃戦では迫撃砲ほど役に立つものはない。日本は迫撃砲の先進国なんだ」と出雲の砲手が長谷川に言った。長谷川が始めて兵器の科学に目覚めたのだ。―-自分は科学者である。それも平和目的の物理学である。しかるに人を殺す兵器とは?と呆然としていた。

「少尉、あまり思い悩むな。生き残れ」と飛鳥が言った。

「降りますか?」

「いや、やめとく」

ふたりは船室に帰った。飛鳥が「話しがある」と言った。

「明日朝、物資を降ろした輸送船で長江を下る。上海に戻る」

「上海でまだ何か?」

「うむ、ある」

「どのくらいの期間でありますか?」

「二、三日だ」

                               *

ふたりを乗せた艀(はしけ)が黄浦江の埠頭に着いた。領事館の武官が待っていた。三人は領事館に歩いて行った。会議室に入ると、髭の海軍少佐が待っていた。

「飛鳥大尉、あなたは青幇(ちんばん)に狙われている。青幇は秘密結社なのだ。張嘯林が面子を潰されたと子分に飛鳥暗殺を命じたのだ」

「日本陸軍の憲兵将校を暗殺ですか?」と長谷川が訊いた。

「そうだ。奴らは上海のギャングなんだ」

「その張嘯林ですが、何処におるんですか?」と飛鳥が訊いた。

「南京路にいる」

「はあ、図々しいんですな?」

「恐いもの知らずさ。何しろ、英米も、小刀団も張嘯林を利用しているからね」

飛鳥が考えていた。

「歩兵を一斑出して頂けないでしょうか?」

「出来ん。英米の特殊情報員と撃ち合う」

「わかりました」

                         *

「少尉、俺に命を預けてくれ」と飛鳥が長谷川に乞うていた。

「勿論です。私は大尉殿に助けて貰った人間です」

「今夜、話す。生きるか死ぬかだ」

長谷川もついに慣れた。「生きるか死ぬかだ。それだけだ」と、、

「大尉殿、でもどうしてあなたと判ったのしょうか?」

「蛇口菜館のホテルのフロントだよ。俺たちが憲兵姿で出て行ったのを張嘯林に通報したわけさ。それに俺たちは尾行されていた。尾行者は張嘯林に情報を売っただろう。南原竜蔵は張嘯林の子分なのだよ。その虎の子の子分が殺された」

「日本人が支那人の子分に?」

「ヤクザの世界に民族など関係がない。君のことは、わからなかったようだ」

その夜、ふたりは南京路の安宿に泊まった。翌日の夕方、海軍陸戦隊から花火が届いた。飛鳥が箱から取り出してテープで束にした。ふたりはスカートのような支那服に着替えた。人力車二台に乗って、珍宝楼に向かった。珍宝楼は城のような巨大なホテルなのである。一階に中華料理店がある。回転ドアである。

珍宝楼のななめ向かいのストリップ劇場に入ってストリップを見た。最後のショウが終わった。飛鳥がストリッパーに銀貨を投げた。「隣で飯を食うか?」と言うと「嬉しい」と6人も着いて来た。ストリーッパーたちに花火の入った買い物袋を持ってもらった。「コレナーニ?」と踊り子は騒いでいた。

                               
fire works big


8人が円卓に着いた。ストリッパーたちは勝ってにどんどん注文した。ワンタンスープ~鶏の足~焼き鴨~酢豚~五目チャーハン、、太ったウェイターがニコニコ笑っている。宴会が終わった。

「老板(親分)はいるか?」と飛鳥が訊いた。

「張嘯林老板にお会い出来るか?」と再び訊いた。ウエイターの表情が変わった。黙って、カネと皿を取ると奥へ行った。

「どこかにおるな」

「いますね」と長谷川が言うと、円卓の下に置いた一番大きい花火の導火線に赤燐マッチで火を点けた。急いで回転ドアを出た。「ど~ん」と凄い音がした。花火が次々と炸裂した。

「「鍵屋ぁ〜!」「玉屋ぁ〜!」」と飛鳥が笑っていた。南京路に野次馬がうようよと集まって観ていた。ふたりは北へ歩いた。振り返ると珍宝楼に火の手が上がっていた、、

「少尉、張嘯林は間違いなく復讐するわな」と笑っていた。

「今夜は南京路は危ないのじゃないですかね?」

「その通りだ。フロントにトランクは預けてある。受け取ってからフランス租界へ行こう。ふたりは化粧室へ行って背広に替えた。ハイヤーを頼んだ。

「東洋のパリだよ」

右手に寺が見える。「玉仏禅寺という」と飛鳥が天台坊主に戻っていた。

フランス租界は自由が基本なのだ、下町を通った。茶館、妓館、アヘン窟が集中している。

香港の大富豪ジャーデイン・マチソン一家が持つビルと横浜正金銀行が並んでいた。キャセイ・ホテルへ向かっていた。だが、ハイヤーは、海関大楼のドライブウエーに停まった。フランスのロワール地方にある「ジュノンソー城」のようである。

「ここへ泊まるんでありますか?」

「二日泊まる。これが上海の最後の宿だ」と長谷川を驚かした。

                          ~続く~

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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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