2015/09/27 (Sun) 「憲兵大尉の娘」第二部(53~57)
おしらせ

「憲兵大尉の娘」第二部が数日で完了します。第三部を書くためにご寄付をお願いします。お一人さま、1000円で宜しいのです。また今週、「満州を掴んだ男」及び「憲兵大尉の娘」をキンドルで出版致します。集英社は、一年も待たして、未だに決定がありません。伊勢爺はこの「満州本」が完成すると、二年が経ったことになります。Mephist先生が「必ず本になるべきだ」と応援してくださっている。その温かいお気持ちが、老骨、伊勢を生かしてくれる。伊勢平次郎 






連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(53~57)

表紙憲兵大尉の娘_convert_20150830145240


(53)

長谷川が起きた。カレンを見た。唇に静かに接吻するとカレンが眼を明けた。そして両腕を長谷川の首に巻きつけた。「ミチオ、ティル・ビシュ・ミヤ?(ユーラブ・ミー?)」

「リュビュル・ティビャ(愛してる)」とカレンを抱いた。カレンが脚を開いた。

二日目も快晴だった。朝陽が東の万佛山から昇って来た。ふたりは湖で体を洗った。長谷川がテントを畳んで次郎長の鞍の後ろに括りつけた。カレンは背嚢を石松に括りつけた。吊水湖の東を流れる川を目指して歩き出した。

「カレン、この新旗村に行ってみよう」と地図を指さした。

「何があるのかしら?」

「農村とだけ書いてある」

吊水湖から2時間、潅木の茂る山稜を下って行った。山菊が咲き乱れている。気温が低いからだろう。峡谷に村が見えた。30軒もあるだろうか。村の真ん中に道がある。横に三本の細道あるだけだ。新旗村の北口に着いた。ふたりと二頭の馬が村道を南に向かった。山羊が放し飼いになっていた。道で遊んでいたこどもたちが集まって来た。

「漢族じゃないね」

「着ているものだと、回族じゃないかしら」長谷川は回族を聞いたたことがあるが会ったことは始めてである。こどもたちの目である。ペルシア人にも見える。カレンがチョコレートを割って分け与えた。親が出てきて感謝した。何か缶に入ったものをくれた。川の浅瀬に馬を入れて水を飲ませた。

「カレン、川に沿って南西に行くと、大平村~西河屯がある。この松峰山脈の裾野を行くと平山鎮に着くんだよ。今夜は、西河屯でキャンプしよう」

カレンが長谷川をじっと見ていた。昨夜、獣のようになった、、自分は女になった。もう少女ではない、、

大平村には茶園があった。カレンがパンを取り出した。ナイフで切ると、イリヤが作った苺ジャムとバターをぬった。二つを重ねて半分に切った。--カレンは妻になっている、、自分には貞子と三人の娘がいる、、何故、男は複数の女を愛せるのか、、長谷川が科学者になっていた。貰った缶を開けると、ヨーグルトであった。

西河屯は少しだが村が大きい。平山鎮の町に近いからだろう。つまり、鉄道が繁栄の基なのである。この意味で日本は満州に貢献した。

北の山稜に雨雲が広がっていた。八甲田山を想い出した。

「カレン、テントを張ろう。雨が来る」

長谷川がブナの森の中にテントを張った。雨が浸透しないようにもうひとつのテントを上に被せた。ついで、焚き火を作った。湯を沸かした。ハルピンから持って来た焼き鴨が夕飯だ。ひと口サイズに切って串に刺した。川原で米を研いだ。チチハルの野外訓練を想い出していた。「今、飛鳥大尉は何処にいるんだろうか?」と空を見上げた。

カレンはテントの中に軍用毛布を重ねて敷いていた。道端から野菊を摘んでワインボトルにさした。--貞子と自分は同じ歳だが、この娘は自分よりも10歳も若い、、自分の未来は何なんだろう?と憲兵少尉は遠くを見る眼になっていた。

                               *

気温が下がっていた。長谷川が馬にも雨具をかけた。

「ミチオは馬を良く知ってるのね」

「うちは酪農業なんだよ。仔馬が毎年春生まれる」

「日本に行きたいわ。私を連れて行って」長谷川は、答えずカレンを抱きしめた。

ふたりがテントに入ると、ボタボタと大粒の雨がテントに当たった。紅茶でクッキーを食べた。毛布に入ると、ふたりは抱き合った。カレンの眼が潤んでいた。長谷川のXXXがスムースにカレンのXXXに入った。


(54)

三日目の朝が来た。大気は冷たいが晴れていた。西へ向かった。三時間で平山鎮の街の南口に入った。ちょうど一周したのである。ふたりは騎兵隊駐屯所へ行った。内藤一等兵が笑いながら出て来た。

「匪賊は出ましたか?」

「いや、狸だけだった」と大笑いになった。騎兵はそのまま、ふたりを平山鎮の駅へ連れて行った。一等兵が敬礼した。長谷川が答礼を返した。ミチオが少尉に戻っていた。カレンが石松の長い馬面を撫でた。

ハルピン駅に着いた。午後の4時になっていた。駅前でハイヤーに乗り、スターコビッツ家に帰った。イリヤとヤコブがふたりを抱きしめた。

「まあ、随分日焼けしたのね」

「ママ、湖が美しかったの。真っ裸で泳いだの」とイリヤを驚かした。

「長谷川さん、娘を有難う」とヤコブが言った。

「ミチオはとても馬を扱うのが上手なのよ」

――ミチオ?イリヤは一瞬にして全てを理解した、、

「長谷川さん、領事さんから手紙が届けられたのです」とイリヤが封筒を長谷川に渡した。何か起きた?とその場で開封した。

「飛鳥大尉が射殺された。ハイキングから戻ったら、すぐ領事館に出頭するように」と書いてあった。長谷川が左手で眼を覆うのを三人が見ていた。

長谷川は夕食中も沈黙していた。誰も話さなかった。カレンが何か言おうとすると、イリヤが唇に人さし指を当てた。

「ごちそうさま。ぼく寝ます。カレン、明日の朝、ぼくと領事館へ来てくれ」

「勿論よ。洗濯物出しておいて」これもイリヤを驚かした。なぜなら、長谷川は自分で洗っていたからである。

                                 *

朝になった。カレンと長谷川が天龍公園からハイヤーに乗って領事館に行った。領事の執務室に入ると、「池田に夏休みをやった。ベルリンに行くと言っていた」

カレンが「ほっと」した顔になった。

「飛鳥大尉に何が起きたのですか?」

領事の話しはこうであった、、

――二週間前、飛鳥大尉は上海から福岡に飛んだ~そのまま、奈良の実家へ墓参りに帰った~5日間休養して小倉へ行った~憲兵として竜神組の組長である神田川と面会した~神田川は危険を感じ取った~飛鳥大尉を暗殺するように子分に命じた。

「銃撃を受けたのでありますか?」

「きみは小倉に土地勘はあるの?」

「いいえ、ありません。行ったこともありません」

「うむ、飛鳥大尉はチチハルの戦闘で戦死された上官のお墓参りに門司へ行った。駅前で、花~線香~お供えする饅頭を買っていた。そこへ走って来たふたりの男に撃たれた」

カレンが泣いていた。長谷川がハンカチをカレンに上げた。領事がそれを見ていた。

「竜神組がやったという証拠はありますか?」

「ない。だが、神田川は上海の杜月笙と兄弟なのだ。妹が第三婦人になっている」

長谷川があの弁髪の太った支那人を想いだしていた。

「領事さん、私は上官を失ったのです。私の任務はどうなるのですか?」と言うと、カレンの目が大きくなった。

「新京の憲兵隊情報部に戻ってくれ。私は外務官僚。君に指図は出来ない。ただし、時々、ハルピンに来てくれ給え。露探の活動が活発になっている」

カレンがまた、「ほっと」していた。

「領事さん、池田の何が判ったのか話してください」

「池田は、移動式電信機を持っている。オットーというネームを使っている。どこに打電しているのか判らないが想像が着く。内容はハルピンの日本事情だ。人物~活動~移動などだ」

「すると、領事館の中は筒抜けですか?」

「武官の活動を除けばね」と領事が言ったとき、長谷川がカレンの顔を見た。

「いつ、新京へ出発すればいいのでありますか?」

「まだ決めていない。8月だ。その期間は領事館へ来てくれ」

カレンと長谷川がカレンの教室に戻った。カレンが「ミチオ、あなたは、これが必要よ」と暗号解読文を恋人に手渡した。

解読文を読んだ長谷川が顎に拳を当てて考えていた。――池田をどうするか?と、、

                              *

山中武官が、カレンと長谷川を聖ソフィア教会の広場で降ろした。

「私たち一家は、ハルピンにいられない気がするの」

「どうして?」

「パパが館を売りたいって言うの」

「何処へ行くの?」

「私たちユダヤには行くところなんてないの。ヨーロッパのユダヤ人は、北アフリカ~キューバ~アルゼンチン~上海へ行ったのよ。何をしてでも生き残らなければならないから」

ふたりが、ロシアン・テイールームに入って行った。カレンがコーヒーを二杯頼んでから、アップルパイを注文した。

壁を背に長椅子に座ると、カレンが長谷川の手を握った。そして、「ミチオ、アイ・ラブ・ユー」と英語で言った。

「カレン、アイ・ラブ・ユー。僕の愛しいひと」と長谷川が言った。隣の老夫婦の目が丸くなった。


(55)

「この池田の電信だけど、どうやってインターセプトしたの?」長谷川は、カレンの教室にいた。

「池田の電信機はロシア製なの。特別な雑音が入るから判るのよ。それに、池田の行動範囲を把握してるから」

「この発信地だけど、キタイスカヤ大街だね。池田はそこに住んでいる?」

「いいえ、ハルピンの豪華なアパートに住んでいるのよ」

「どうやって、キタイスカヤ大街に行ってるのかな?」

「仲間よ。写真があるわ」と長谷川に見せた。そこには池田とスラブ人の男が写っていた。特高が撮ったのである。

「この男は、セルゲイというユーゴスラビア人なのよ」

「でも、カレンやスターコビッツ家は出てこないね」

「多分、私たちなんかどうでもいいのよ」

「何が諜報の目的なんだろうか?」

「領事館爆破だろうって、領事さんが仰っている」とカレンが震えた。カレンを抱きしめた。長谷川がミチオに戻っていた。

「カレン、塔道斯(トトロ)へ行く?」長谷川はイワノフに会えるんじゃないかと思っていた。

「わ~い」

山中武官は若く明るい人柄だった。「塔道斯(トトロ)に連れてって」とカレンが言うと、「僕も一緒でいいですか?」と長谷川に訊いた。「勿論ですよ」と長谷川が笑った。

塔道斯(トトロ)に入ると、「こっちこっち」というイワノフの声がした。ウランもいる。

「もう注文してあるヨ」とみんなを驚かした。ロシアの休日とかで、特別な料理が出た。

「どうして、われわれが領事館を出て塔道斯(トトロ)に来るってわかったの?」と山中武官が訊いた。

「杉原領事さんは、ボクの上司ですよ」と笑った。――杉原領事も隅に置けないな~何をどこまで知っておられるのだろうか?と長谷川が思った。

「イワノフ、明日、ウランと領事館へ来てくれんか?」

「わかってます」と大男が笑った。

                               *

八月のベルリンは日中は27度が平均で~夜間は14度まで下がる快適な気温である。買い物袋を提げたオットー池田がブランデンブルグ門を東へ歩いていた。2ブロック先のフリードリッヒ大王通りを左折した。シュプレー川の北岸にある自分のアパートに向かっている。杜鴎外記念館がある洒落た地域である。オットーをふたりの男が30メートル離れて尾行していた。ふたりとも、ポケットに片手を入れてサングラスをかけている。オットーがビルの玄関の鍵を開けて入った。男の一人が簡単に鍵を開けた。スパイのプロだからだ。エレベーターの前にオットーが立っていた。旧式だが自動のエレベーターである。三人が降りて来たエレベーターに入った。オットーが三階を押した。だが、ふたりの男はどこも押さない。オットーが不思議に思って振り返った。その瞬間、一人の男が鉄のワイヤをオットーの首にかけた。

フロアで中年の婦人がエレベーターのボタンを押していた。上の表示を見ると、八階までランプが点いていた。ようやく、ドアが開いた。婦人が悲鳴を上げた。オットーが天井からぶら下がっていたのである。

                               *

「オットー池田がベルリンで殺されたよ」と領事が長谷川に言った。長谷川は黙っていた。

「領事さん、カレンには言わないでください」

「勿論だよ」

そこへイワノフとウランが入って来た。

「イワノフ、これからスター家の警備をお願いする」と領事が最も信頼出来る部下に頼んだ。

「死んでも、ぼくらが守ります」とイワノフが、珍しく真剣な顔になっていた。それが、長谷川の用件でもあった。

「カレンには、池田はクビにしたと言う。喜ぶだろう」

「少尉、武漢作戦は拡大したようだ。これを私は最も恐れていたのだ。ここから先は誰にも判らないんだ。多くの若者が死ぬことは明らかだ」

沈黙が続いた。

「イワノフ、長谷川少尉は新京に戻る。だが、ソ連は満州に必ず侵攻する。そのときは、長谷川少尉に戻ってきて貰う。情報分析ほど重要なものはないからだ」

                               *

長谷川とカレンが、松花江のほとりを歩いていた。チャムスへ行く河舟が下って行った。

「明日の朝、新京へ発つ」

「私も行きたい」とカレンが咽(むせ)んだ。長谷川がカレンを抱いた。カレンが唇を求めた。


(56)




 長谷川が平房飛行場から新京に飛んだ。南新京飛行場に憲兵が運転するセダンが待っていた。関東軍司令部に着いた。植田謙吉司令官に挨拶に行った。

「きみが長谷川憲兵情報少尉なんだね?杉原さんから話を聞いた。飛鳥大尉は実に残念だ。きみがハルピンから飛んでいるうちに、張鼓峰事件が起きた。今も、戦闘中である。実質、ソ連と日本の戦争である」と上田指令官が説明した。

――張鼓峰は満州国領が日本国朝鮮とソ連領の間に食い込んだ部分にある標高150メートルの丘陵である。西方には豆満江が南流している。当時、この付近の国境線について、ソ連側と満州国つまり日本側の間に認識の相違があった。ソ連側は、清国とロシア帝国との間で結ばれた北京条約なるものに基づき、国境線は張鼓峰頂上を通過していると考えていた。一方、日本側は張鼓峰頂上一帯は満洲領であるとの見解を持っており、ソ連側の国境線の標識は改竄されたものだと考えていた。いずれにしても、この方面の防衛を担当していた朝鮮軍第19師団は、国境不確定地帯として張鼓峰頂上に兵力を配置していなかったのだ。このように、国境は常に紛争の種となる。

長谷川が関東軍司令部の横の憲兵司令部に入った。指令官に新京憲兵情報司令部着任を報告した。

「ごくろうさんだったな。飛鳥大尉は、貴重な人だった。きみは上官を失った。だが、本日を以って、きみは、二階級昇進して、関東軍憲兵情報部大尉となる」と襟章と任官状を手渡した。長谷川が驚いた。

「指令官官殿、私には、部下がおりませんが」

「明日、その人選をする。しばらく自由にしろ」と長谷川の肩に手を置いた。

長谷川に、将校宿舎の個室が与えられた。早速、風呂に入り、将校食堂へ行った。―-戦争さえなければ、軍隊というのは楽だなあと思った。比べて、百姓は楽じゃない、、死んだほうが楽だと思うことがある、、部屋に帰って、ガリ版刷りの戦況概略を読んだ。憲兵情報部は戦況の全容を把握していた。わからないことがあった。それは、日本政府の頭の中である。政治記事は読まないことにした。何も信じられないからである。

                         *

三人の憲兵将校が長谷川の前に立っていた。山本~磯村~三田、、どれも、25歳の少尉である。夫々が短く軍歴を述べた。長谷川が磯村少尉に興味を持った。その理由は、磯村が小倉出身だからである。

「磯村平助少尉、前へ出ろ」と少佐が言った。「貴様は、小銃の成績が良い。だが戦場に行ったことがないな。長谷川大尉、どう思うのか?」

「私が訓練します」

「それでは決まった」

少佐と兵曹長が出て行った。ふたりだけになった。

「きみは体格がいいが、何で鍛えた?」

「炭鉱のモッコ担ぎです」

「小倉育ちだが、親兄弟もかね?」

「いえ、父は亡くなり、母と妹が三池炭鉱のある飯塚に住んでいます」

「憲兵情報部に抜擢された理由は何かね?」

「自分は電気工事士の夜学を卒業しました」

「ははあ、分るなあ。全て電気だからね」

「外国語は?」

「苦手であります」と笑った。

「盗聴は習ったのか?」

「そればかりであります」

「明日から、練兵場へ行って新兵と一緒に体力をつけよう」

「願ってもないことであります」

長谷川はこの磯村平助が好きになった。ことばに忌憚がないからである。

朝起きると飯を食い、ふたりは練兵場へ行って二時間、新兵とともに訓練に励んだ。みるみる腕も脚も太くなった。二時間、新聞や戦況概略を読んだ。昼飯を食うと一時間昼寝をした。午後は射撃場に行った。トラック部隊へ行って運転を習った。ときどき、内務班へ行って調理を手伝った。内務班の給食兵が憲兵将校に失礼がないかと恐縮した。だが、よく笑うふたりの憲兵士官にすぐ打ち解けた。この料理体験は後日、役に立った。

新京へ来てから貞子の手紙がよく届いた。ミチルが大きくなっている。二番目の娘はおっとりした性格だと。かれこれ、一歳になる「ミチエ」は大きな子だ。

カレンから毎日、電報が来た。「池田がいなくなってから平和が続いている」「ウランが、また拳闘で勝ったのよ。私も儲かった」などと憲兵本部が知れば叱られる内容であった。必ず、最後に「アイ・ラブ・ユー」とこれも暗号だったが、、

                         *

9月に入った。興安大路に銀杏の枯れ葉が落ちるようになった。磯村と食堂で昼飯を食べていると、少佐が入って来た。長谷川のテーブルに向かって歩いて来た。長谷川と磯村が箸を置いて立ち上がった。敬礼をした。

「明日の朝、ハルピンへ飛べ」と命じた。長谷川はカレンに会えると胸が鳴ったが、、

「何か起きたのでありますか?」

「ノモンハンで戦闘が始まる動きがある。戦闘が始まればわが陸軍は苦戦する。ソ連の電信が増えている。暗号解読が必要なのだ」

あのハイラルに飛鳥と行った日を想い出していた。「この国境紛争は遠方だけにソ連の戦車部隊が有利なのだ」と飛鳥が言ったのを憶えていた。――南は重慶~北はモンゴルの国境、、「う~む」と長谷川大尉が唸った。

「磯村少尉、すぐに用意をしよう。乗馬は出来るのか?」と少尉の眼を覗いた。

「馬には触ったこともありません」

「長靴は騎兵連隊から貰ってやる」

                                *

磯村が新式の盗聴装置を持って貨物機に乗り込んだ。双発の九七式輸送機キ34は軽々と離陸した。昼下がりに平房飛行場に着陸した。憲兵が領事館へ送ってくれた。廊下を歩いて行くとカレンが驚いた。たちまち涙が目に溢れた。長谷川がカレンの手を取るのを磯村少尉が見ていた。

「大尉に昇級したんだね」と杉原領事が敬礼をして笑った。

「ハ、これは磯村平助少尉であります。私の右腕であります」

「随分、体格がいいね」

「ハ、恐縮であります」

「ノモンハンの話しをせんといかんが、明日にしよう。宿泊はどうなってる?」

「南崗区の龍門大厦に必要なだけ逗留します」

これを聞いたカレンが――うちから歩いて行ける距離だわと喜んだ。カレンはミチオと二人きりになりたかった。


(57)

「磯村少尉、部屋の電話を使ってはいけない」

「承知しております」

「何処かへ連絡が必要なときは、僕が英語ですることになっている。新京は全て暗号電信だ。これも僕がする」

「きみは酒を飲むか?」

「大好きでもないけど、嫌いじゃないです」

「バーで飲んではならない」

「はあ、自分は酒場が嫌いですから」

長谷川が飲み物リストを少尉に投げた。磯村がビール~焼き豚~枝豆~榨菜を選んだ。長谷川が電話を取った。上海で憶えた広東語が流暢になっていた。

                              *

領事館に行くとイワノフが領事と話していた。「ソ連の極東軍がノモンハンをしゃべっている。だが、機甲部隊の動きはない」とイワノフ。「来るとすれば来年の夏だろう。スターリンは対独戦で苦戦している。だが、暗号解読を止めるわけには行かない」と領事。

「イワノフ、璦琿(あいぐん)へ行って電信柱に登ってくれ。ハルピンの露探をリストしてくれ」

「私も璦琿にやってください」と長谷川が言った。カレンが、「自分は何故、日本の軍人と恋をしたのだろう?」と男女が結び合うことの不思議を想った。

「うむ、それでは、輸送機を出して貰おう。何時出発する?」

「璦琿へ行くには準備が要ります。まず、領事館で暗号解読をします」

「今日は金曜日です。月曜日に出ましょう」とイワノフが言った。みんな賛成した。

磯村がイワノフと話したいと言ったので、長谷川はカレンの教室に行った。カレンが後ろ手でドアを閉めた。

「ミチオ、明日、二人きりになれる?」

「うん、イワノフが磯村君をハルピンめぐりに連れて行くらしい。夜は例の拳闘の試合だって言ってる。遅くなるからキタイスカヤの自分のアジトへ泊めるって言ってた」

「明日10時、松北大道大橋の船着場に来て」とカレンが長谷川の眼を見た。

                     ~続く~

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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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