2017/05/20 (Sat) 核の傘という虚像
Testing of a hydrogen bomb at Bikini Atoll.

第二次世界大戦末期のマンハッタン計画後、アメリカ合衆国でエドワード・テラー、スタニスワフ・ウラムらによって開発が進められ、1952年11月1日、エニウェトク環礁で人類初の水爆実験、アイビー作戦が実施された。この作戦で米国はマイク (Mike) というコードネームで呼ばれる水爆の爆発実験に成功した。マイクの核出力は10.4メガトン(Mt)であったが、常温常圧(例えば25℃, 1気圧)では気体である重水素や三重水素を零下200度以下に冷却液化しなければならないため、そうした大規模な装置類の付属により、マイクの重量は65トンに及び、実用兵器には程遠いものであった。

ところが、翌1953年、ソヴィエト連邦が重水素などの熱核材料をリチウムと化合させて重水素化リチウム(固体)として用いた水爆の実験 (RDS-6) に成功した(実際には水爆ではなかったといわれている)。この型では大掛かりな付属装置が不要なため水爆を小型軽量化できた。その後米国も熱核材料をリチウムで固体化した水爆を完成。1954年、キャッスル作戦が実施された。作戦の一つ、ブラボー (Bravo) 実験の成功により大幅な小型化に成功した。

さらに米ソ両国で核実験が続けられ1955年から1956年には爆撃機にも搭載可能になり核兵器における威力対重量比が格段に増大する結果となった。いわゆるメガトン級核兵器の登場である。中華人民共和国は1967年6月17日に3.3メガトン(Mt)の最初の水爆実験に成功している。1976年11月17日には4メガトン(Mt)の実験に成功している。この後中国では重水生産工場の運転が開始されている。

「水素爆弾」という語に含まれる「水素」は重水素のことであり、普通の水素は核融合反応の速度が遅いため実用的でない。
2016年1月6日には、朝鮮民主主義人民共和国が4回目の核実験で水素爆弾の実験に初めて成功したことを発表した。


核の傘など存在しない

必要なときに核爆弾を使うという約束のはずだ。中国、ロシア、北朝鮮の核を恐れているアメリカが核兵器を使うということはないと断言しておく。すると、IQ80以下の低能児でも分かるように、日本は独自の核武装をする他に、日本列島に住む一億二千八百万人の生命を守る手段はない。中国は韓国にTHAAD撤去を求めた。ロシアは北方四島を返さない。どれも、核による小国への恫喝である。安倍晋三は、「ウスアマサヨク」だと伊勢爺は思っている。なぜなら、九条の会や民進党などの野党と核保有反対では同じだからだ。かくして、日本国は、自民党政権または、民進党政権の下で滅びる。それを傍観している日本民族は愚かと言う他ない。伊勢

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伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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