2017/10/06 (Fri) それでも、日本は世界第三位の経済大国である


三沢ヘ飛んだ翌朝、品川から「踊り子」に乗って、伊豆下田ヘ行った。妻のクリステインが喜んでいた。




前席の横から犬が顔を出した。プードルとテリアの雑種だ。オーナーの夫婦だが、夫は、日本人、妻は南米の女性に見えた。




幕末の嘉永6年(1853年)に、マシュー・ペリーが率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が下田に来航したわけだが、わが妻は、ここが、日米の縁(えにし)のはじまりであり、文明に触れた薩長土が徳川幕府を倒す決心をした端緒と知らなかった。19世紀の中頃、日本は、アメリカが砲艦外交で、こじ開けた国の一つだから、知らないからと怒るわけにもいかなかった。黒船来航から14年で、日本は大政奉還を果たして明治が始まったのである。土佐の坂本龍馬、薩摩の西郷隆盛、幕府側であったが近代化を理解した勝海舟の命を賭けた努力で江戸市街は焼かれず、徳川慶喜は千代田城を無血で明け渡した。維新の志士、勝海舟、徳川慶喜、、新選組の近藤勇、函館で死んだ土方歳三、、みんな命を掛けた人たちであった。現在、国会議員とか、閣僚とか、総理大臣とか称している連中は、トリックで、選挙に勝った偽物なのである。日本は、再び、維新が必要となっている。明治維新を思い出すときである。伊勢




ロープウエーで、寝姿山に行くことにしたのは正しかったわ(笑い)




下に見えるのは下田湾である。寝姿山の山頂に一基だったが、ペリーが暴挙に出るなら「一発、お見舞い申す」とアームストロング砲が据えられた。「発砲した」と石碑には書いてなかった。悪戯をしているのは、伊勢爺さんである(笑い)。




前に回って砲口に、腕を入れてみた。なかなかいい大砲だ(笑い)。


それでも、日本は世界第三位の経済大国である

三沢から帰った翌朝、「日米の悪縁の始まりが下田」とクリステインに見せようと伊豆下田ヘ。下田は、高齢者が多い元気のない街だった。入った蕎麦屋は高齢の姉妹がやってた。台所が見えるのだが、コンクリートの床は水が溜まり、掃除が行き届いていない。言葉にも、表情にも、「おもてなし」など全くない。愛想が悪いというのではなく、人を雇う収益がなく、疲れているように見えた。ロープウェーの観光客でも疲れているように見えた。元気が良いのは山頂で会った小学生たちだけであった。これ、日本全体を覆う空気かな?伊勢は、そうでもなかったけど、妻のクリステインが敏感だった。「それでも、日本は世界第三位の経済大国なんだよ」と言った。だけど、半分、自分に言い聞かせていた(笑い)。暫らく、幕末維新を書くとしよう。伊勢


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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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