2010/04/20 (Tue) 二つの別れ
わが義姉が旅立つた

伊勢志摩のわが義姉(長兄)が心臓手術後亡くなった。85歳だった。小柄で~ふくよかな顔と~大らかな性格の日本婦人の典型だった。長兄は10年前に亡くなったので、娘と暮らしていた。

この義姉は、ただの義姉ではない。本当にわが姉なのだ。わが母とこの姉がモンペ姿で、畑を作っていたのを想い出す。ある夏の日、青大将が芋畑の畦に出てきた。姉が、“お母さん、蛇や、蛇や”と叫んだ。母が、駆けて行き、クワで一打ちにした。義姉は24、わが母は35であった。

想い出は尽きない。戦後間もなく、長兄と姉の結婚式が田舎神社で行われた。記念写真の時が来た。あの、ボ~ンとフラッシュを焚く箱型の写真機だ。写真やさんが、“はあ~、ええですか?”と紐を引く瞬間に、裸足の子供が飛び出してきて、新郎新婦の間に入ったのだ。その子供は、小学校一年生の伊勢である。

わが愛犬シッポちゃんが旅に出た

shippo 005 (Small)
シッポは8歳になったばかり。縫った跡が見えますか?こうして。階段の下で一日中寝るようになった。

4月5日、突然、アタマのテッペンに瘤ができた。始めは毒蛇に噛まれたと判断した。だが、一ヶ月が経っても小さくならず、シッポは顔をしかめた。紹介された外科医は「頭骨癌」と診断した。その夜に摘出手術をした。それから、10日経った。昨日、突然、水も飲まなくなった。好物の柔らかく煮た牛肉も見向きもしなくなった。昨夜は、朝の4時まで、シッポの横で寝た。朝、目が醒めると、シッポは長いすの上に寝ていた。「まだまだ」と思った。だが、昼になると、左目を開けなくなった。車に乗せて動物病院へ。シッポは、後部座席から肘掛を跨いで、運転席の右側に座った。めったにしないことだ。病院に着くと、自分で降りたが、後足がふらついた。部屋に入ると、いわれないのに、体重計に乗った。若い女性の助手と伊勢爺がシッポを抱いているうちに、ドクターが注射した。伊勢の腕に横になった。約5秒だった。目を見ると、やすらかな半眼をしていた。



今朝、ウチのは、アンゴラ(アフリカ西海岸)へ、8日間のフライトに出た。伊勢爺さんも、今日ほど、妻が恋しい日はない。何か、やり切れない気持ちだ。横浜の姉は、今、伊勢志摩のお通夜に向かっている。話しすら出来ない。「まあ、人生というのは、こんなものだろう」とは覚悟は出来ているが、、“涙がポロリとこぼれたら~歌い出すのさ~舟歌を”と唄うとしよう。伊勢平次郎

(おしらせ)原稿の締め切りに追われてきた。伊勢爺が、“隼速報をやめる”と言ったら、皆さんは、がっかりすると思う。だから、速報だけになります。伊勢平次郎 ルイジアナ

comment

nazuna姉さま、多史済々先生

有難う。伊勢
2010/04/22 15:15 | 伊勢 [ 編集 ]

桜(はな)に嵐のたとえもあるぞ, さよならだけが人生だ
             by 井伏鱒二
伊勢さま、
お姉様の永遠の旅立ちに謹んでお悔やみ申し上げます。
幸せなご結婚をされ、良い子をお育てに成り、女として納得の
行く満足な生涯をまっとうされた事でしょう。
シッポちゃん会った事ないけど、さようなら。短い命
だったわね。でも、お父さんとお母さんから、山の様に
愛をもらって、両親を谷の様に深く愛して、とても幸せ
な一生だったわね。天国で安らかにね。
2010/04/22 06:32 | nazuna [ 編集 ]

 艦長
 御義姉様のご逝去をお悔やみいたします。
また、愛犬をも亡くされて悲しみ深い時間を過ごされていることと思いますが、どうか気を落とされませんように願います。艦長を思う人達がたくさんいますから孤独と思わないでいただきたいです。
 私も3年前に母を亡くしましてから、秋が来ると、晩秋の山道を背負い梯子と鉈を持って母と二人で薪こりに行った事を無性に思い出します。
 生木は重く一年分の薪を晩秋の間に山から家に持ち帰るのはなかなか大変でしたが、そのせいでか懐かしくて懐かしくて。
 今となっては、両親をつれて靖国神社をお参りし、大相撲の靖国奉納を観てもらっておいて良かったと思っております。
2010/04/21 22:36 | 多史済々 [ 編集 ]

みなさん

温かいことばを有難うね。今、伊勢志摩では義姉のお葬式が終わり、東京や神戸から来た家族も帰って行ったと。予科練の元特攻の三兄が尾崎の長老となった。この兄も東京の人。義姉とぼくの長兄の間には、二人息子と娘がいる。長男は国立競技場で長年の勤務を今年末で定年退職。次男は東大理工卒で三菱電機良くインドへ行く、娘はやはり東京の女子大卒。それぞれ、子供、二人、三人とおり、それらも30歳になる者がいる。Granma が仰るように兄姉は戦前、戦中、戦後とよく頑張った。遺族は、尾崎一族の歴史を知りたいと。この伊勢爺さんの仕事らしい。

柴犬チクデン(これも雌)は、ぼくがシッポを連れずに家に帰ったときから、シッポ姉ちゃんが帰ってこないことを感知している。昨日は、ヒイヒイと泣きながら家中を探していた。その後、元気なく~庭で遊ばず~長椅子で寝ていた。

今朝、うちのが、アフリカからヒューストンに帰って来る。ルイジアナには帰宅しないが、電話で長話ができる。伊勢

2010/04/21 19:08 | 伊勢 [ 編集 ]

御姉様のこと心よりお悔やみ申し上げます。

シッポ君のことも・・動物って本当に静かに逝くんですよね。ちゃんとわかっているみたいに。
でも伊勢さんに飼われてきっととても幸福でしたでしょうね。お辛いでしょうけれど一緒に過した幸せな時を慰めに、どうぞ元気を出して下さいね。
ご無理をなさらないでくださいね。
2010/04/21 03:41 | 福寿草 [ 編集 ]

私も10年の間に両親を亡くしたので、残された者の悲しみが分かります。
後部座席から肘掛を跨いで運転席の右側に座ったシッポちゃんに涙が溢れてきました。
伊勢志摩のお義姉様。シッポちゃん。
遥かな地よりご冥福をお祈りいたします
2010/04/20 21:09 | 此之花 [ 編集 ]

伊勢志摩のお義姉様のご訃報、心からお悔やみを申し上げます。
海を隔てた親族との別れはより寂しく辛いです。
戦前、戦中、戦後の日本の支えとなってくださいました世代のお義姉様、感謝の思いとともに
心からご冥福をお祈りいたします。

またご家族の一員だった愛犬、8才の黒ラブのシッポちゃんとの急な別れも辛いですね。
身近かだっただけに存在感は大きいです。手術から半月、一生懸命頑張ったのですね。

このあと、いつもシッポちゃんと一緒だったもう一匹の犬(チクデン)がかなり寂しがると思います。どうかチクデンちゃんを存分に支えてあげてください。
私も家族同様の8才のイエローラブを突然亡くした経験があります。
言葉では言い表せません。
伊勢さんのお気持、お仕事でお留守の奥様のお気持、お察しいたします。
2010/04/20 17:12 | GRANMA [ 編集 ]

シッポ、幸せな一生だったのでしょう。
私は猫と暮らしています。我々夫婦のベッドで、
幸せそうに丸まって寝ている彼女を見ながら、必ず
来る最期の時を考えてしまいました。猫ですが彼女から
教えられた事はたくさんあります。
シッポ、安らかに。
  奥様のご無事を心よりお祈りします。
2010/04/20 14:16 | akio [ 編集 ]









ブログ管理人にのみ表示を許可する

プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する