2010/05/24 (Mon) 那覇へ(その1)
mitsuo 5.22.10 012

ウチのが着いた。佃大橋の上だ。戦後、わが母が弁当に敷いた佃煮を想いだす。さあ、今朝は、8;00にチェックアウトして、東京~名古屋~名鉄~中部国際空港~那覇へ移動する。沖縄には、16:30分に着く。翌日13:00、嘉手納米空軍基地を訪問する。会見の目的を整理する。スピーチもある。

昨夜、19:30に、Mephist先生(39)と極東のt兄(47)が訪ねて来られた。t兄は男らしい風貌のお人だ。外は雨がサラサラと降り、サツキが咲き始めていた。ウチのと、姉と、4人で、32階の明石亭へ行った。和牛シャブシャブでワインを飲んだ。シャブシャブで、きし麺うどん、冷やしゼリーとサクランボで〆た。t兄は飲まない。Mephist先生もアルコールは少々。お二人とも、青年社長さんだ。

お二人は、鳩山に怒っているというよりも、呆れ返っていた。隼ソサエテイの方針も話した。伊勢爺は、戦後の築地一帯を買い取れるほどのわが父の生きざま~日本のヤクザ史に残るt叔父(母の兄)の話をした。姉が慌てて、“父はヤクザを嫌った~わたしたちは全く関係はありません”と。t兄の香港事情も、Mehist先生の事業も、われらのテーブルは、花が咲いたように華やかだった。

mitsuo 5.22.10 007

わが予科練・特攻生き残りの兄だ。82になった。ホテルまで訪ねてくれた。戦中派の人なので、カネには慎重である。メニュー見るというか、料金を眺めていた。“兄ちゃん、何を食うか?”“エエーと、、”“兄ちゃん、料金なんか見んでもええ”“お前は、親父に似とるなあ。料金もクソもなく注文する。嫌やなやっちゃ”と大笑いした。特攻の話は、初めて聞いた。文章にしてくれた。

日本のヤクザ界を育てたt叔父~特攻の兄は、そのうちに本にするわな。伊勢平次郎 大江戸は隅田川べりにて、、続く、、





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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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