2011/01/07 (Fri) 青年よ、社長になれ・国策であるべき(その2)
honda souichiro

この人をあなたは誰だと思います?日本史に残る実業家(発明家)ですよ。これほどのリーダーは、世界にも存在しない。伊勢平次郎 ルイジアナ





ホンダ・カブを開発(1952)



いわゆる「原動機付き自転車」だ。新興メーカーである本田技研が自転車補助モーターの分野に進出したのは、1946年(昭和21年)で、当初は旧日本陸軍の小型発電機用エンジンの流用からスタートしたが、その後自社開発エンジンに移行し、以後の通常型オートバイ分野への進出を助けた。

本田「ドリーム号」発売 1951年12月01日

Honda dream e

本田技研が4サイクル・146ccの自動二輪車「ドリーム号E型」を発売した。同社は1946年、本田宗一郎が創業し、翌年、第1号製品として2サイクル・50ccの自転車用補助エンジンの生産を開始。49年には、初の2サイクル・98ccの二輪車「ドリーム号D型」を開発した。「E型」は大ヒットし、58年発売のスーパーカブ号とともに、「ホンダ」を象徴する二輪車となり、やがて同社は、自動二輪車で世界のトップメーカーに成長した。

ミスター・ホンダの大きな足跡

1906年11月17日 - 静岡県磐田郡光明村(現:浜松市天竜区)で鍛冶屋をしていた本田儀平と妻みかの長男として生まれる。

1923年 - 光明村立山東尋常小学校(現:浜松市立光明小学校)に入学。

1914年 - 自動車を初めて見る。

1917年 - 浜松町和地山練兵場でアート・スミスの曲芸飛行を見学。ここで飛行機を初めて見る。

1919年 - 二俣町立二俣尋常高等小学校(現:浜松市立二俣小学校)入学。

1922年 - 高等小学校卒業、東京市本郷区湯島(現在の東京都文京区湯島)の自動車修理工場「アート商会」(現:アート金属工業)に入社(当時の表現で「丁稚奉公」)。

1928年 - アート商会に、6年勤務後、のれん分けの形で浜松市に支店を設立して独立。宗一郎ただ1人だけが社長の榊原郁三から、のれん分けを許された。

1935年 - 小学校教員の磯部さちと結婚。

1936年 - 第1回全国自動車競走大会(多摩川スピードウェイ)に弟の弁二郎とともに出場するが事故により負傷、リタイアを喫する。

1937年 - 自動車修理工場事業を順調に拡大、「東海精機重工業株式会社」(現・東海精機株式会社)の社長に就任。しかし学問的な壁に突き当たり、浜松高等工業学校(現:静岡大学工学部)機械科の聴講生となり、3年間金属工学の研究に費やす。

1939年 - アート商会浜松支店を従業員の川島末男に譲渡し、東海精機重工業の経営に専念する。

1942年 - 長男・博俊(元「無限」代表取締役)誕生。トヨタが東海精機重工業に出資、自らは専務に退く。

1944年 - 手作業で1本1週間かかっていた航空機のプロペラの切削自動化、30分で2本仕上げる切削機を開発し、軍需省より表彰される。この時点で40件を超える特許を取得。

1945年 - 三河地震により東海精機重工業浜松工場が倒壊。所有していた東海精機重工業の全株を豊田自動織機に売却して退社、「人間休業」と称して1年間の休養に入る。

1946年 - 浜松市に本田技術研究所 (旧)設立。39歳の宗一郎は所長に就任。

1948年 - 次男・勝久誕生。本田技研工業株式会社を浜松に設立。同社代表取締役就任。資本金100万、従業員20人でスタート。二輪車の研究を始める。

1949年 - 後にホンダの副社長となる藤沢武夫と出会い、以後藤沢に経営の一切を任せ、共にホンダを世界的な大業に育て上げる。

1961年 - 藤沢とともに「作行会」という財団を立ち上げ、若手研究者や学生に対して匿名で奨学金を交付した。

1973年 - 中華人民共和国を訪れた帰国直後の会見で、本田技研工業社長を退き、取締役最高顧問に就任と発表。研究所所長は続けた。

1974年 - さち夫人とともに世界中のお世話になった人を訪ねる。

1976年 - 総理府売春対策審議会委員を務める(3期6年)。

1981年 - 勲一等瑞宝章受章。

1983年 - 取締役も退き、終身最高顧問となる。

1989年 - 日本人として初めてアメリカ合衆国の自動車殿堂入りを果たす。

1991年 - ジェイムズ・ワット国際メダル受賞。

1991年 - 8月5日、東京・順天堂大学医学部附属順天堂医院で肝不全のため死去。84歳没。同日、正三位・勲一等旭日大綬章贈位。

2010年 -4月1日、出生地である静岡県浜松市天竜区に本田宗一郎ものづくり伝承館がオープン。建物は国の登録有形文化財(建造物)に指定されている旧二俣町役場を改築したものである。

ホンダ・ジェットが離陸した

honda jet 2

ホンダ・ジェットは、エンジンも機体も自社開発。70~90人乗りの三菱の中型機よりも、8人乗りという小型である。ここ間違ってたら、教えて下さい。ホンダは、開発中の小型航空機「ホンダ・ジェット」の量産機の初フライトテストを、昨年11月に米国で行った。顧客への引き渡しは2012年8月ごろから始めると。


(つぶやき) 鍛冶屋の息子として生まれ~高等小学校を出るや~丁稚奉公し~31歳で工業高校の聴講生になり~39歳で本田技研を起こして、その社長となり~従業員はたったの20名~資本金は100万円に過ぎなかった、、“偉大な人だなぁ” 青年は企業を起こし~オーナー社長になれ!君たちにも出来るよ。

この世で一番偉いのは母親だが、次に偉いのが社長だよ。何しろ、給料を払うことほど厳しい人生はない。現・日本政府は、「仕分け遊び」を即刻停止して~若い人たちの起業精神を喚起するべきだ。自力本願が信念だった本田宗一郎さんは、草葉の陰で、日本航空再建をどう見ているだろうか?“潰してしまえ!”という大声が聞こえるわな。

終戦直後の政治家は「大人」だった。いつの頃からか、総理大臣~閣僚~国民までもが「幼児」のようなアタマになっている。在米44年の伊勢爺は、“日本人は未成熟(JUVENILE)だと思っているよ。“高校出たら、はやく、大人になれ!”と怒鳴りたい。伊勢平次郎


(速報)B-2 核搭載・ステルス爆撃機

http://www.youtube.com/watch?v=ntcsZH5N-MA
コメント欄へ行って見てください。

ロバート・ゲイツ米国防長官は、総額780億ドル(6兆4880億円)の支出を削減する国防費見直し計画を発表した。一方で、次世代の遠隔操作で飛行できる無人長距離爆撃機の開発予算を計上することを明らかにした。

これを、“アメリカ一極時代は終わった~米軍の戦力は弱体化していく”と、ほのめかす読売社説などを丸呑みにしてはいけない。この「核ミサイルを搭載する、B-2 Stealth Bomber」を無人機にすると言っている。一機の製作コストは未知だ。敵地に深く静かに潜入して、スマート核爆弾で正確に的に当てることが出来るのだと。軍事マニアが喜ぶニュスだわな(笑い)。伊勢

comment

小沢氏問題、疑問を置き去りにはするな
http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/?itemid=34463&blogid=5&catid=15
東北地方での公共工事をめぐる談合への影響力を背
景に、大手ゼネコンに多額の献金や選挙応援を要求。

自民党在籍の時代よりくすねた税金を日本人社会の破
壊の為につぎ込んでいた、民主党政権となって国家予
算の全てを自分の采配で牛耳ろうとした、あの陳情窓
口の一本化、民主党議員にあらずば、国会議員に有ら
ず。
正に支那共産党の独裁政権の如くに、自称支那人民
解放軍野戦軍司令官の小沢一郎は日本国と日本人
社会を貶める害毒である。

【民主党政権では、日本が滅びますの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj2.cgi
【民主党政権では、日本が滅びますの掲示板タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2011/01/09 16:27 | 愛信 [ 編集 ]

Mephist社長

もっとも社長に向かない人間~社員にも向かないのが伊勢爺(笑い)。

>研究者で行きたかった、、

まあ、そう言わず、会社を大きくしてくだされ。ご先祖が、人脈~会社~カネ~頭痛を遺されたんだ。頑張るしかない。

今、日本人は国難を感じて、鶏小屋のめんどりのように騒いでいる。“米軍は良い、だが、ワシントンが信用できない~自力で国防をしたい”と。だが、防衛費を作らなければできない。保守評論家の爺さんらでも、軍事費の裏付けを述べる先生はいない。石原などは、痴れ者に過ぎない。憲法書き換えて~徴兵義務を制度にし、、は、は、は カネはどうするの?まさか例の石原銀行じゃなかろうな?(笑い)。

コンピューターを3個連携させる作業をしてた。なんか、全部をワイアレスでつなぐしかないようだ。古いデルが「データ用」に使えないわ。これが、クラウド・ギャザリング?伊勢
2011/01/09 06:58 | 伊勢 [ 編集 ]

伊勢殿
大変申し訳ないですが、誰しもがオリンピック選手になれないように、誰もが経営者にはなれないですよね。
ヒト・モノ・カネをそろえるだけでも大変なのに、これに加えて発想、精神力、運まで必要ですからね。

ちょっと前の日経プレジデントに載っていましたが、日本でのアンケート結果ですが、部長クラスと経営者・役員クラスでは仕事に対する価値観が大幅に違うとの事。
前者はサラリーと安定性に、後者は自己研鑽と労働の喜びに重きを置いているとの事。
いやらしい言い方をすれば、寝食足りて礼節を知る。
もう少しマシな言い方をすれば、そう思わないとやってられない。

もっとも、自分がその資質に足ると思っているかといえばそうでもないんですが(笑)
個人的には研究畑で生きていきたかった。
2011/01/09 01:38 | Mephist [ 編集 ]

1.8アジアに自由と平和を!中国の人権弾圧に抗議

平成23年1月8日(土)15時00分~
1.8アジアに自由と平和を!中国の人権弾圧に抗議!
「民主党(菅)内閣」打倒!街頭宣伝活動中継を
見ています。
http://www.ch-sakura.jp/1428.html

【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2011/01/08 16:00 | 愛信 [ 編集 ]

B-2 核搭載・ステルス爆撃機
http://www.youtube.com/watch?v=ntcsZH5N-MA
2011/01/08 08:46 | 伊勢 [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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