2011/02/06 (Sun) エジプト・革命にはならない


一月25日、「ムバラク辞任を求める」最初のデモ隊がカイロの広場に向かった。28日の金曜日のニューヨーク、ウオール街では「売り」が攻勢となって株価は、166ポイント下落した。これは先週に伝えた。伊勢平次郎 ルイジアナ







エジプト騒乱の経緯

2011年エジプト騒乱は、エジプトの国内外において、同年1月より発生した大規模な反政府デモとそれに付随する事件の総称。29年間もの長期独裁政権を維持するホスニー・ムバーラク大統領に対する反発が、チュニジアにおいて長期政権を倒した「ジャスミン革命」に触発され発生した事件とされる。(以下、ウイキぺデイアの記事を簡素にした。伊勢)


1)デモ前夜

2010年暮れに始まったチュニジア国内の騒乱は、23年間の長期政権を維持してきた、ベン・アリ大統領が同年1月14日に国外に脱出して政権が崩壊するに至った。インターネット上では「ジャスミン革命」と呼ばれた。この事件は、民衆によって長期独裁政権が倒されるという、アラブ諸国では珍しい事例となった。

エジプト政府は「チュニジア国民の選択を尊重する」と表明した。だが、チュニジア同様、ホスニー・ムバーラク大統領が強権的な政権を29年もの長い間維持し、また貧富の差が激しいことも共通していたことから、当局によって革命の輸出が懸念されていた。チュニジア政変を真似たとみられる焼身自殺が相次いだこともあり、エジプト政府は食料品への補助金を増やすなど飛び火回避に躍起となった。その一方で、エジプトのマスコミでは、社会構造や政治に対する国民の意識がチュニジアとは違うため、革命はないとする論調もあった。

1月14日には、首都カイロにあるチュニジア大使館の前で反政府デモが発生した。ジャスミン革命の発端となった焼身自殺に続く事件が北アフリカを中心に続発する中で、エジプトでも、1月17日から18日にかけて、カイロやアレクサンドリアなどで合計3人が焼身自殺を図った。1月21日には、低賃金にあえいでいた男性が焼身自殺を図り大やけどを負うなど、類似した事件が後を絶たなかった。そもそもイスラム教では、自殺が特に厳格に禁じられており、それゆえに一連の抗議行動はエジプト国民に大きな同情と政権への怒りを呼び起こした。

2)デモの呼びかけ

民主化運動を支持する青年組織や野党勢力が、1月25日に大規模な反政府デモを計画。複数の団体がFacebookを通じて参加を呼びかけた。1月22日の時点で、5万人が参加を表明。最終的には、8万7000人に達したと。これに対し、エジプト政府は、25日を休日と定め、デモ抑止に動いた。またジャスミン革命にて原動力の一つになったとされているFacebookやTwitterといったサービスが大規模デモ発生前後にエジプト国内からのアクセスを遮断された。携帯電話の一部も使用不能になった。後にTwitterは対抗サービスを開始している。

3)1月25日

「1月25日」と書かれた靴を投げつけられるムバーラクが描かれた横断幕が貼られた。カイロやアレクサンドリア、スエズなどでデモが実行され、少なくとも約1万5000人が参加したとされる。ムバーラク退陣を求める声が上がり、ムバーラクのポスターが破られ、燃やされた。その怒りの矛先はアメリカ合衆国やイスラエルにも向けられた。

これらのデモに対し、治安当局は武力をもって鎮圧を図る。デモ隊を強制排除するため催涙弾を使用し、特にタハリール広場への座り込みを続けた数千人規模のデモ参加者に対しては、26日未明に放水車や催涙弾を使用して強制排除を行った。

このデモにより初日の時点で市民2人、警官隊1人の合計3人の死亡が確認され、治安部隊50人が負傷するなど多数の負傷者も発生し、500人が拘束された。エジプトでは、こうした大規模な反政府デモは異例のことであった。また野党勢力は、秋に予定されている大統領選挙に出馬しないようムバーラクに要請した。

4) 1月26日

1月26日、エジプト内務省は集会禁止を発表しデモを抑圧しようとした。だが、インターネットでのデモ呼びかけは続けられ、カイロやスエズで合計3000人規模のデモが発生した。与党・国民民主党の事務所への火炎瓶投げ込みや、スエズの県庁舎への放火が行われた。参加者が投石を行ったり、タイヤを燃やすなどして抵抗し、これに対し治安部隊は催涙弾やゴム弾などを使用し排除した。タハリール広場にも再びデモ隊が集結し、治安部隊が催涙弾で排除する事態となった。収まらないデモに対し、エジプト当局はカイロなどの治安体制を強化。マジー・ラディー内閣報道官は、一部の政治活動家がデモを利用していると非難した。

5)1月27日

1月27日には、スエズの警官隊詰め所にデモ参加者が放火。この時点で死者6人、1200人が拘束されたとされる。また検察当局が政権転覆を図った容疑でデモ参加者40人を起訴した。治安部隊の強化によりカイロでのデモは抑え込まれたが、地方のスエズやイスマイリアではデモ参加者と治安部隊の衝突が続き、シナイ半島北部では差別的な待遇を受けてきた遊牧民数百人が警察署を取り囲み銃撃戦が発生、ロケット弾も使用され、そのうちの1発が近くにある医療施設を直撃した。このように治安部隊だけでなく民衆側も武装してデモに加わるようになるなど、一部で先鋭化する動きが出始める。この日までに死者は、7人になった。またこの頃までに、インターネットへの接続遮断も報告され始めた。これは政府がサービス停止を命じたとされている。

6)1月28日

野党勢力は、25日の大規模デモ直後より、金曜礼拝には人が多く集まることを狙い、礼拝の行われる1月228にもデモを実施することを呼びかけた。IAEA前事務局長で、民主化勢力の指導的立場にあったモハメド・エルバラダイも前日にエジプトに帰国し、参加する意向を表明した。また国内の比較的穏健とされるイスラム原理主義組織であり、国内最大の野党勢力でもある「ムスリム同胞団」もこのデモへの支持を表明した。こうした動きに当局は警戒の強化を行い、特にカイロ市内各地には軍の特殊部隊が配置された。

28日に金曜礼拝が行われ、その際には緊急時のみ許されるという、靴を履いたままの参拝者が目立っていたという。礼拝終了直後からムバーラク退陣を求める声があちこちで叫ばれ、各地で数千から数万人が集まり、デモが発生した。この行動は「怒りの金曜日」と名付けられた。事態弾圧のために軍が出動したが、その一方で鎮圧する側の警官隊の中には命令を拒否したり、制服を脱いで反政府デモに参加する者も現れた。民衆と握手を交わす兵士の姿も見られた。デモに支持を表明していた「ムスリム同胞団の幹部ら少なくとも20人が相次いで逮捕された。

7)戒厳令

同日、ムバーラク大統領は、カイロ、アレクサンドリア、スエズにおいて午後6時から翌日午前7時までの間、夜間外出禁止令を出した。直後に対象が全土に広げられた。だがデモ隊はこれを無視。警察署や警察車両が放火され、ムバーラクの「独裁の象徴」とされるカイロにある国民民主党の本部ビルにデモ隊が放火し、炎上。雄叫びを上げる参加者も現れた。カイロ上空には軍用のヘリコプターが旋回し、機関銃を搭載した軍の装甲車が十数台展開するなど戦場の様相を呈した。無政府状態となった市内では、略奪行為も相次いだ。

この28日のデモは、これまでの中で最大規模のものに発展したのだ。この日だけで死者は38人、負傷者は、1000人を数えた。こうした中で与党内部からも、大統領に対して大胆な改革を行うよう求める声も出始めた。

また、翌29日には数々の貴重な収蔵物を抱えるエジプト考古学博物館は軍や市民が混乱から守っていると伝えられた。古代エジプトのミイラ2体破壊されるなどの被害を受けた。

8)1月29日

1月29日未明にムバーラクは国営テレビにてテレビ演説を行い、大規模デモ発生後初めて公に姿を現した。演説の中で国営テレビにアフマド・、ナズィーフ首相を含む全閣僚の解任と民主化、経済改革の実行を約束した。しかしデモ参加者の求める退陣には応じず、デモに対する強硬姿勢も示したため、直後に演説に反発したデモ隊数万人がカイロに集結し退陣要求デモが発生し事態打開の決め手とはならなかった。この時点で死者は、70人を超えたとも報じられた。またこの日、夜間外出禁止令が午後4時から翌朝8時までと延長された。同日中に、ナズィーフ内閣は総辞職した。同日中に前内閣で民間航空大臣だったアフマド・シャフィクを新首相に指名し、組閣を命じた。副大統領には情報長官で、国民の人気が高いアル・リファーイを指名した。ただし、アル・リファーイは、ムバーラクに大統領退陣を促していたとも報じられている。政権側もデモを抑えきれない状況が続き、29日にムバーラクが退陣を表明するのではないかという憶測も流れた。

9)1月31日

ムバーラクがシャフィク内閣を任命。アル・リファーイ副大統領は、野党に対話を呼びかけた。

この日、エジプト当局よりインターネットを遮断された国民向けに、Twitterが、Googleなどと協力し、電話からメッセージを書き込めるサービスを開始した。

10)2月1日

野党勢力は、2月1日の「無期限ゼネラル・ストライキ」と、100万人規模のデモを呼びかけてきた。これに政権側はデモ参加者のカイロへの流入を阻止する目的で鉄道運行休止や、首都とスエズ間の主要道路を封鎖するなどの交通規制で対抗した。軍とデモ隊の衝突も懸念されたが、軍当局は銃を向けることはないと否定した。こうした中、タハリール広場で決行されたデモには、20万人以上が集まったほか、アレクサンドリアで参加者5万人、スエズで2万人を超すデモが行われた。カイロでの大規模デモは騒乱が始まって以来最大規模のものとなり、“ムバーラク退陣は避けられない”との憶測も流れ始め、1日夜の国営テレビにおける演説にて、「ムバーラクは次期大統領選挙への不出馬と、与党に有利な選挙制度の改革を実施すること」を表明した。

国際連合人権高等弁務官のナバネセム・ピレイは、声明の中で、これまでの騒乱のために非公認ながら死者300人、負傷者3000人以上、また逮捕者数百人が出たとし、エジプト政府を非難した。

11)2月2日

ムバーラクの国営テレビでの演説後から、「馬やラクダに乗り付けたムバーラク支持を唱えるデモ隊」が集結。ムバーラク退陣を求めるデモ隊と衝突した。大統領支持派が発砲するなどして死傷者が発生した。“政府がムバーラク支持派を扇動して反政府デモ参加者に攻撃させた”との説も浮上した。だが、当の政府はデモ沈静化という目的に反するとしてこれを否定している。支持派は一枚岩ではないほか、政権にカネで雇われた者が含まれていたことが指摘されている。しかしこの衝突により、エジプト国内の深刻な分断が明らかとなった。

反ムバーラク派は、安息日にあたる2月4日に再度デモを行うよう呼び掛けている。だが、先述のムバーラク支持派との衝突により、そのデモが実施されるかままならない状況に置かれている。

この日、デモを取材していた日本人カメラマンがムバーラク支持派の民衆に殴られて負傷するなど暴力を受け、またベルギー人記者が治安当局に身柄を拘束されたり、取材を中止して立ち去るよう脅迫されるなど、ムバーラク支持派によるジャーナリストへの攻撃が鮮明になった。

またエジプト当局の支持により遮断されていたインターネット各種サービスも2日までに再び利用可能となった。


12)2月3日

2日に起こった衝突について、シャフィク首相が国営テレビ演説にて謝罪した。それでも、タリハール広場での衝突は続き、午後には、大統領支持派が1時間以上にわたり反体制派に発砲を行った。双方を分断するため、軍によって緩衝地帯が設置された。

13)2月5日

ムバーラクが国民民主党党首を辞任し、与党役員を更迭。次期大統領選に出馬しない考えも表明した。(*これは、アル・アラビアが意図的に流した「捏造ニュース」だと判明している。つまり、ムバラクは党首を辞任などしていないのだ。伊勢)


(解説) 以上が、エジプト騒乱の、荒っぽい経緯である。伊勢爺とそのカミサンは、1989年に、バスでカイロからシナイ半島を北上してイスラエルへ行ったことがある。エジプトの兵隊を観察した。ズボンの前チャックは壊れて下着が見えていたり~持ってるソ連製の小銃は部品が欠けていたり。馬とラクダで、サッカラというピラミッドを砂漠の蜃気楼の中に見に行った。帰りにナイルへ出た。川の土手にテントがあり、兵隊が5人ほどごろごろと寝ていた。案内人のフランギに“この兵隊らは何してんの”と聞いたところ河の水位を調節する、どう見ても古代のポンプを見張っているんだと。それで、兵隊の日給は50セントとパンと塩なのだそうだった。

どうも、27日夜から29日にかけて、エジプト騒乱は先鋭化したようである。道理で、NY株式相場のダウが、166ポイントも大下落したわけだ。これは、先週のエントリーとした。このように、世界経済は、グローバル化によって地球の裏側で事件が起きると、大きく影響を受ける。ところが、自然災害であるジャワ島の大津波やチャイナの四川省大地震などではそれほどの影響は見られなかった。この意味するところは、自然災害は、政変とか通貨暴落ではないということだ。

伊勢は、“エジプト騒乱は革命に発展しない”と読んでいる。また、「モスレム同胞」は、一時の議席数(88)をほとんど失って、たったの1議席となっていることや~モスレム同胞というのは、スン二(アラブ)派であることから、イランのシーア派とは何のつながりもないと判る。だから革命を起こせる団体ではないと見ている。さらに過激派がいる。だが、これも、騒乱に乗じるほどの力などない。民衆は、革命ではなく、改革を叫んでいるのだ。今日、ヒラリーは、“早く収束しないと、過激派が国を奪う”などと叫んだが、それは、“同盟国のエジプトを失う”とヒラリーが苛々しているに過ぎない。ムバラクは、ヒラリーも、オバマも無視するだろう。別に恩義があるわけでもないから。こういうUSのトップなる人物の安っぽさが、伊勢爺は嫌いなのだ。このごろ、歳の所為か、好き嫌いが鮮明になってきた(笑い)。

ムバラクは、9月の総選挙まで大統領権を放棄しない。なぜかと言うと、憲法で保障されているからだ。ムバラクが辞任した場合(絶対に辞任しないよ)だが、国会の議長が暫定選挙内閣を組閣することになる。そして、2ヶ月以内に選挙になると書かれている。野党のほとんどは、政党を再組織する時間などないのだ。これでは、ムバラクのほうが冷静だとなるね。

革命は、軍によるクーデターしか残っていない。だが、これも起きない。何故なら、「軍隊は憲法に従う」組織だからである。私的な上官の命令などでは動かないものなのだ。226事件や、ナセルの時代ではないということだ。民度というものは、識字率や普遍的な教育で大きく向上する。インターネットは確かに大きな動員能力を持つ。だが識字率はもっと大きなな要素だ。エジプト人は、たいへん知性が高い人々だと感じた。マナーもよく、暴力は好きではないと感じた。砂漠の真ん中で、強盗出るんじゃないか?とんでもない。案内人、二人は、べドウイン族の半月形のナイフを腰に差していただけだ。ピストルが氾濫する、カーボーイのアメリカよりも安全とも言えるわな(笑い)。

今夜、ミシシッピーの海辺のホテルへ一泊している。お犬さんらとカミサンと。フロリダのユダヤ人の弁護士夫婦(NYの法律事務所退職)と夕食した。そのとき、彼は、“ムバラクは辞任するしかない”と言った。反対意見と憲法を解説したら“なるほどな”と頷いた。さすがは弁護士さん法律の重さがわかる。息子さんは、NYの法律学校を出た後~日本に留学して~日本人女性と結婚して~豊田市に住んでいると。日本企業の弁護士で、給料も1500万円だそうだった。一家は、トヨタ以外の車を買ったことがないんだと。ユダヤ人は親日家なのである。

(キンドルの進捗につき) 登場人物につき、その実名を使わなくても許可は要るそうである。これ電話で許可を貰うのが経済的。だが、ペーパーにサインが必要だと。ベトナム戦争時代のユダヤ人の親友を登場させたので、その一家にNYへ会いに行くことにした。NYへ飛ぶのは来月だが。その前に、「訴訟ごとにならない章」を載せることにしている。いろんなことが起きる。“んじゃ、人物を省け?” ダメですね、「論文」は、エンターテイメント性が希薄だから誰も読んでくれない(笑い)。伊勢爺 ミシシッピーにて、

comment

http://www.saharamarocain.net
このサイトはサハラ砂漠について紹介しているサイトです。
サハラ砂漠というのは、環境破壊の象徴的なものになっています。
サハラ砂漠を知ることで環境の事を考えましょう。
2012/06/05 12:35 | SAHARA [ 編集 ]

>>ムバラク氏は優れた政治家だから、多分今回の事態を予測していたと思う。そして、どのように対処するかも考えていたと思う。 中東の政変は民主運動ではおきない。

Kenji先生

その通りです。でたらめを言う日本の評論家は考える能力が不足です。憲法の一言も出なかったと、ぼくの姉が言っているよ。

相撲、相撲、相撲、、国民は、ふんどし締めて~相撲取って~こけて、食ってはいないよ根(笑い)。

エジプトは貧乏国でも、人々は誇りが高い。“今、民主主義か、安定か?”答えは単純です。人心の安定です。日本もそうあるべきなんです。

日本の愚民は“政府が何かしてくれる”と思ってない?最も困るのが、沖縄のサヨク土民。こいつら、中華料理店で働きたいのかな?伊勢
2011/02/08 01:21 | 伊勢 [ 編集 ]

多史済々先生

いいえ、エントリに関係あるよ。大相撲八百長で国民の目を誤魔化すマスコミ。民主党を擁護しているつもりなんだ(笑い)。「お相撲さん」という愛称を貰っているんだ。筋を通せ!と言いたいな。おい、マスコミよ、日本は相撲で食っているんじゃないよ。日本の国技なのだ。柔道、剣道、相撲はね。だけど、飯の種ではないね。

「国体(国のありかた)」を論じない民主党はインチキ政党です。伊勢
2011/02/07 23:13 | 伊勢 [ 編集 ]

 済みません話題がちとそれますが・・・
 民主党の高木文部デージン、日本相撲協会長に対してさも深刻な顔をして(及び長期間国政を担ってきたような顔をして) 八百長相撲の徹底解明を求む だと。
 なんじゃこれ、手前らこそ税金で食っているのに鳩山氏小沢氏問題の徹底究明などする気もないくせにずいぶん目線の高いことを言うじゃありゃあせんか。
 少なくとも、 わが党わが政府も不祥事を解明する気も起こさないで国民に大変ご迷惑をおかけしておりますが(また露韓中には国境を侵され続けて国民に大変ご迷惑をおかけしておりますが)、互いに不祥事を徹底解明するよう努力しましょう  くらいの表現が適当ではないですかと言いたい。
 大相撲は税金で食ってるわけではないのですよ。税金で食ってる高木氏の受けて返す言葉は違うものになるべきです。
 国民をなめるなと言いたい。
2011/02/07 19:51 | 多史済々 [ 編集 ]

 ムバラク氏は優れた政治家だから、多分今回の事態を予測していたと思う。そして、どのように対処するかも考えていたと思う。
 中東の政変は民主運動ではおきない。

20世紀で優れた大統領はニクソンではないですか?
2011/02/07 17:45 | kenji [ 編集 ]

Mephist先生

今、ミシシッピーから帰ってきた。3ヶ月前に買った「ジープ・サハラ」はガスを食う。ただし“壊れない”という安全性なんだわ。ど田舎にいくときさ、歳取ったベンツさまが寒い道端で故障するという悪夢を見る(笑い)。道端で故障すると、ベンツほど始末に終えない車はない。ジープは壊れない上に、壊れても直しやすい。

エジプトと日本の石油産業は直接関係はない。けど、その地政学上の意義(スエズ運河)は大きい。ちょうど、日本列島がアメリカ防衛上の最も需要なことと相似する。こういう、安全保障上の、Keystoneが地球にはある。ジブラルタル~カイバー峠~マラッカ海峡~スエズ運河~パナマ運河~沖縄、、

砂地獄に落ちていくように、日本人は底抜けに没落する様子を見せている。大衆は国防を真剣に考えない。不安あるはずだのに、誤魔化して生きている。国防の精神も意思もない。“有事には、国が何かやるだろう”と思っているフシがある。

みなさん、ケネデイの演説をよく聞きましょう。今朝、ホテルでケネデイ特集(秘蔵のビデオ)を観た。20世紀の、米国民に愛され尊敬されたアメリカ大統領では、1)アイゼンハワー~2)ケネデイ~3)レーガンの順序ですね。この大統領たちの特徴はハートが大きいことです。ウチのが、“アメリカが危機に面しているときに現れた”と言ったが、その意味がよくわかる歳になった。伊勢
2011/02/07 12:08 | 伊勢 [ 編集 ]

いろいろ忙しいのでちょっとだけ。
エジプトをイスラム国家にするのは勘弁願いたい。
ただでさえイスラエルとの和平を破棄する可能性に言及しているのですから。
今度やらかしたらさすがのイスラエルも妥協はしないでしょう。

頭に芥子の花が咲き乱れている左翼は、今回のエジプト革命もどきを歓迎しているようですが、よく考えてもらいたい。
君たちが普段から自衛隊を敵視して、文民統制が~、と叫んでいるが、文民の代表たる政府の命令に従わない軍隊が市民を守っている状況を、文民統制の破綻と言わずになんと言うのか。

軍政に持ち込むつもりは無いようなので、概ね歓迎できる状態ですが、それでも後始末は相当の困難が予想できますね。

あの辺りの、こういった騒動は、全く以って他人事じゃないんです。
もっとも一番ぴりぴりしてるのが中国というのが、笑いを誘うじゃないですか。
2011/02/07 11:04 | Mephist [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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