2012/06/28 (Thu) 世界最大の原発、柏崎刈羽原子力発電所
柏崎刈羽原発の防潮堤



東京電力は22日、東日本大震災後の津波対策として柏崎刈羽原発(新潟県)で昨年11月から建設中の防潮堤を公開した。15メートルの津波に耐えるよう設計している。5~7号機側は約8割が完成し、8月末に工事終了の見込み。1~4号機側は来年6月に終了する予定。2012年06月22日







柏崎刈羽原子力発電所

着工 1978年12月
運転開始 1984年11月
事業主体 東京電力
原子炉
運転中 5 × 1100MW
2 × 1356MW
種類 BWR(1~5号機) ABWR(6・7号機)
原子炉製造元 東芝~日立~GE

http://www.tepco.co.jp/nu/kk-np/

柏崎刈羽原子力発電所(かしわざきかりわ)は、新潟県柏崎市と、同県刈羽郡刈羽村に跨る東京電力の原子力発電所である。略称はKK

現在1号機から7号機までの7つの原子炉を有する。7基の原子炉が発生する合計出力は821万2千キロワットに達し、7号機が営業運転を開始した1997年7月2日の時点でそれまでの最大だったカナダのブルース原子力発電所を抜いて世界最大の原子力発電所になった。

発電された電気は新新潟幹線及び南新潟幹線の2系統の50万Vの送電により一旦群馬県の西群馬開閉所に収容され、そこから山梨県を経て首都圏に送電されている。なお発電所の位置する新潟県は東北電力のエリアであり、協定に基づき電力の一部を東北電力に供給している。



原子炉形式 運転開始 定格出力 施工 現況
1号機 (KK-1) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2[2] 1985年9月18日 110万kW 東芝 定期検査中
2号機 (KK-2) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改[3] 1990年9月28日 110万kW 東芝 停止中
3号機 (KK-3) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改 1993年8月11日 110万kW 東芝 停止中
4号機 (KK-4) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改 1994年8月11日 110万kW 日立 停止中
5号機 (KK-5) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改 1990年4月10日 110万kW 日立 定期検査中
6号機 (KK-6) 改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)[4]3社合同設計[5] 1996年11月7日 135.6万kW 東芝/日立/GE 定期検査中
7号機 (KK-7) 改良型沸騰水型軽水炉(ABWR) 1997年7月2日 135.6万kW 日立/東芝/GE 定期検査中



新潟県中越沖地震での現場の対応状況


地震直後

2007年7月16日10時13分頃に最大の揺れ993ガルを観測した新潟県中越沖を震源とする新潟県中越沖地震が起こった。柏崎刈羽原子力発電所内の運転中の全ての原子炉が緊急停止したが、運転を管理する中央制御室では数十秒間にわたり続く揺れのために計器の確認が出来ない状況であった。第一運転管理部長は構内を自動車で移動中に地震発生、3号機建屋からの発煙を発見、運転中の全機がスクラム(緊急停止)したと構内PHSで確認、3号機すぐ横の変圧器から出火を確認、延焼の可能性はないと判断して初期消火を他の職員に任せ、スクラム後の対応に全力を傾けるべきとして緊急時対策室のある事務所建物へ移動。ところが緊急時対策室入口ドアの枠が歪んでドアが開かなくなったために室内に入れず、駐車場にホワイトボード4~5枚を引き出して構内PHSで連絡を取り続けた。

自力消火を断念

全ての運転中の炉の中央制御室では、多くのアラームが鳴り続け、職員が対応に追われていた。3号機中央制御室でも100近くの異常を示すアラームに対応するために当直長ら5人の運転職員らは、変圧器火災の情報が知らされ、地元消防に通報を試みるが中央制御室に優先接続電話は無く、電話は繋がらなかった。3号機変圧器の火災現場では4人が消火を試みたが、消火栓の水は地震の影響でほとんど出ず、さらに緊急用の軽トラック搭載消火ポンプは失念していたという。自衛消防隊の招集も忘れていた。この時点で駐車場の第一運転管理部長は、「消火は出来ない」という連絡が入ったため、「地元の消防を待て」と指示した。周辺住民は外部からの携帯電話等の情報で発電所火災を知った。発電所から地元刈羽村への連絡は地震発生から1時間以上経っても無かった。新潟県庁にも詳しい情報は伝えられなかった。各自治体へ伝えられていた環境放射線の測定データも地震直後から途絶えていた。新潟県知事は最悪の場合を考え、地元自治体と住民避難の相談をはじめていた。12時10分、非番からの呼集で原発へ駆けつけた5人の地元消防の手で3号機変圧器の火災は消し止められた。

炉心の冷却

第一運転管理部長は、3号機と4号機の炉心をスクラム後に冷やす2つの装置の内の片方が停止していて、1つの装置で2つを冷やす事の判断を迫られた。3号機当直長は午後4時、内外気圧の差圧異常の原因が判明、3号機建屋壁面のブローアウトパネルが脱落していた事、すぐには建屋の気密を戻せない事、などを知らされ仮緊急対策本部の第一運転管理部長へ報告。同部長は炉心冷却を3号機優先と決定した。この時、6号機建屋内で微量の放射性の水の漏洩が発見された。本来、放射性物質を扱わないフロアでの発見に3回にわたる試験と調査が繰り返され、漏洩発見から6時間後に同部長へやはり放射性の水の漏洩であることが報告された。これは、後に上の階のプールの水が地震の揺れでこぼれたものが配線の隙間穴から階下へ流れたものであることが判明し、その一部は外部へ排水されたと判った。
翌日の朝6時54分にすべての炉心の冷却を終えて、安全な状態になった[7][8] (google mapsでの地図)。
新潟県中越沖地震の影響

この地震では、柏崎市で震度6強を観測したため、運転を行っていた2、3、4、7号機は自動で緊急停止した。原子炉・冷却用冷媒等の重要な機構からの外部への放射性物質の流出は確認されていない。また、3号機建屋外部にあるの所内変圧器から出火したが、地震から1時間57分後の12時10分に鎮火が確認されている。その他、低レベル放射性廃棄物の入ったドラム缶400本が倒れた。うち39本のドラム缶は蓋が開いており、床の1カ所で微量の放射性物質汚染が確認された。6号機の原子炉建物内において鉄製クレーンの駆動部が損傷していた事も分かった。以下に確認された放射性物質漏洩を記載する。

6号機の非管理区域で、微量の放射性物質を含む水が漏れ出し、一部が放水口を通じて海に放出されていたことが確認された[9][注 2]。東京電力は、これが、使用済み核燃料プールの放射性物質を含む水が原子炉建屋内の電線を通す管を通り下の階に流れ出たためであると報告した。

7号機の排気筒からは18日夜までの間、放射性ヨウ素の放出が検出された。大気へ放出された放射能量はヨウ素が約3.12億ベクレル、粒子状放射性物質が約200万ベクレルで、これによる線量は1000万分の2ミリシーベルト(0.0002マイクロシーベルト)と算定されている[11]。操作手順のミスのため、タービンの軸を封じる部分から、復水器内の放射性物質が排気筒に流れ出たことが原因と報告された[12]。なお、排気によって、主排気塔放射線モニタおよびモニタリングポストに有意な指示は確認されていない。

10月21日、点検中の7号機の原子炉建屋2階で、コンクリート壁にひびが入り、放射能を帯びた水約6.5リットルがしみ出しているのを、20日午後5時20分頃パトロール中の作業員が発見したと発表。水は幅約0.1ミリ、長さ約3.5メートルのひびから漏れていた。この時点で採取した水からは放射能は検出されなかった。しかし、21日午前6時段階で再採取し検査したところ、250ベクレルの放射能(ラドン温泉の約30立方cmに相当)が検出された。東京電力は、使用済み燃料プールが損傷している可能性の他、地震時にプールから溢れた水がひびを伝わって出てきた可能性なども含め原因を調査するとしている。施設内部は地震発生から5日後の7月21日には報道機関などに立ち入りが許可され、公開された。

IAEAによる調査

国際原子力機関(IAEA)のモハメド・エルバラダイ事務局長は、地震発生後に調査協力の用意があると表明。日本政府はIAEAに調査団の受け入れを当面見送る意向を伝えたが、泉田裕彦新潟県知事は7月21日、「IAEAの調査が必要だ」との考えを表明[15]。原子力安全・保安院はIAEAの調査を受け入れると7月22日に発表した。8月14日にIAEAは予想より被害は少ないとの報告を行っており、同機関による事故評価レベル0から8で「0」である。

設計時の予想を超えた加速度

東京電力から発電所本館に設置されている地震計の記録が発表されており[16]、それによると観測された記録は、耐震設計時の基準加速度を上回っている。

その後、3号機タービン建屋1階で2058ガル(想定834gal)、地下3階で581ガル(想定239gal)、3号機原子炉建屋基礎で384ガル(想定193gal)を観測したとの発表もなされた。


柏崎市の緊急使用停止命令

こうした地震の影響を受け、会田洋・柏崎市長は、東京電力に対し1-7号機のすべての貯蔵タンクなどを対象として、消防法に基づく緊急使用停止命令を出した。また、経済産業省も同社に対して、耐震安全性が確認できるまで、原子炉の運転を再開しないよう指示を出した。


風評被害の発生

今回の地震では放射性物質の漏れは健康に問題があるとされる量を遙かに下回っているとされる[18]が、たび重なる報道により、観光・漁業・農業などで「買い控え」がおきると言った二次的な風評被害が発生している。さらには2007年7月26日から8月まで秋田、静岡、千葉の3試合を日本で行う予定だった、セリエAのカターニアは、放射性物質の流出を理由に日本遠征を中止した。泉田裕彦新潟県知事は「日本全土が放射能に包まれているような報道が海外でなされ、サッカークラブの来日中止どころじゃない甚大な風評被害が生じている」と語っている[19]。地震後の優先順位は電源確保が最優先され変電機の火災(煙)に対する消火は地震発生時全体に比べ危険度は微々たるものであったが、媒体などで煙をあげる変電機の映像を繰り返し、正確さよりも事故の危険性を煽ることを中心とした報道がなされた。

その後の経過

10月17日、炉内点検中の7号機で、燃料集合体の取り出し作業を行っているが、制御棒1本が引き出せないことが判明した。

11月27日、6号機において引き抜けなかった制御棒2本を緊急時の手順により引き抜くことができた

12月24日、読売新聞は東京電力が震度7の揺れを観測したにもかかわらず国や自治体に報告していなかったと報道した。これに対して東京電力は、「「震度7」というのは気象庁が算出した正式なものでなく参考値であるため報告しなかった。地震観測データはすでに公表済みであり、個々の問い合わせにも応じており、隠していたわけではない」としている。

2008年1月に行われた2度目のIAEAによる調査では、「安全上重要な機器などに地震による有意な損傷は認められなかった。」「今回の地震は、想定された地震動のレベルをはるかに上回っていたが、安全上重要な機器は予想以上にいい挙動を示していた。こうした内容を国際的な安全基準に反映させたい[注 3][25]」「原発には安全余裕度[注 4]が設けられていて、今回の地震による原発の揺れも許容できる範囲内だった」とのコメントが発表された。

2009年3月27日、新潟県消防本部は1-7号機全てを対象にした火気作業や危険物の取り扱いを全面的に禁止した命令を3週間ぶりに解除した。

2009年5月11日、新潟中越地震で被災し、1年10ヶ月ぶりに試験運転を開始した7号機で、緊急時に炉内に冷却水を送る原子炉隔離時冷却系などに一時不具合が発生した。9日にも類似の不具合があった。試験運転は継続している。
2009年5月14日、11日に試験運転開始したばかりの7号機で、漏電警報が鳴っていたことが分かった。試験運転3件目の不具合である。

2009年12月28日、7号機が地震から2年5カ月ぶりに営業運転を再開した。

2010年1月19日、運転再開に向けて試験運転を行っていた6号機は、地震後2年半ぶりに営業運転を再開した。この日、午前中に1号機と2号機で作業員が右手薬指の骨折や右手にかすり傷を負う事故が発生している。

2010年8月4日、1号機の営業運転を再開した。

2011年2月18日、5号機の営業運転を再開した。


福島第一原子力発電所事故後の措置

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で高さ14~15mの津波をかぶり浸水、原子炉冷却機能が失われた福島第一原子力発電所事故の発生を受け、東京電力は本原発において海抜高さ15mの防潮堤を2013年6月までに設置すると発表。1~4号機の防潮堤延長は800m以上、5~7号機は500m以上となる。併せて2012年9月までに原子炉冷却機能を失った場合の注水の溢れを貯める貯水池も設ける。

現在、同原発は1~7号機全てが停止している状況であり、東京電力は対策工事などを施したのち2013年度中の運転再開を目標にしている。東京電力は福島原発事故の賠償のため、原子力損害賠償支援機構と策定した特別事業計画の中に、2013年度中の再稼働を見込んでいることを明記した。この特別事業計画は2012年4月27日に枝野幸男経済産業大臣に申請されたが、経済産業相の認定を受けてから正式発表予定である。

市民団体「みんなで決める会」は、再稼働の是非について新潟県での住民投票条例の制定を求める署名運動を行うため、2012年4月から活動を開始した。


柏崎原発沖の活断層

新潟県中越沖地震後の2007年12月5日東京電力は1981年の当発電所の設置許可申請の時点で長さ8kmと短く評価していた活断層の長さを新たに23kmと確認されたと発表した。活断層の長さは発電所から海岸線に沿って約11.5km東北に北上した地点と発電所から海岸線に沿って約11.5km南西に南下した地点の両地点間の延長約23kmの海岸線をそのまま18.5km沖に平行移動した長さと位置に相当する。従来のあると考えられていた長さ8kmの活断層は柏崎市椎谷のほぼ観音岬沖であり、その発表は従来の位置と同じだが長さ23kmに延長されたものであったとした。

2号機以後の設計時に東京電力では活断層の調査を行なったが、その時には新潟沖に4本の断層を見つけたとしている。この時には断層が古く短いとされて大地震を起こす可能性はないと判断された。鈴木康弘は東電が集めた79~85年の音波探査データを再分析して今回動いたとされる断層では東電の約7kmに対して約36kmと判定した。2006年6月、島根原発に関して中国電力が「断層はない」としてきた地点で、中田高が活断層を実際に掘り起こすなどの成果によって、新しい断層の予想技術が認識されつつある。「活褶曲」(かつしゅうきょく)という地形の下に断層が潜んでいるというものである。渡辺満久は2007年9月に地球観測衛星「だいち」の合成開口レーダーのデータを分析した結果として「柏崎刈羽原発は活褶曲の真上にあるようだ」と発表した。


100万V送電

柏崎刈羽原子力発電所から群馬県の西群馬開閉所までの2系統の送電線のうち、1993年に竣工した南新潟幹線は技術的に100万Vでの送電が可能な構造となっており、当初の計画では既に100万Vでの送電が開始されていたはずであった。しかし、電磁波の影響を懸念する沿線地域が計画に反対しているため、日本初の100万V送電計画は未だ実現しておらず、その目処も立っていない。同じ電力(単位時間当たりのエネルギー)を送電するのに電圧を上げるとそれに反比例して電流は小さくなるので、現在は50万Vで送電しているが、100万Vで送電すれば送電損失が1/4になる(送電損失)。

需要の増大に比例して電圧は上昇しており、20年で2倍程度に昇圧する傾向があるといわれている。次第に100万V級送電は一般化すると考えられており、電気の需要含め諸外国に対しての技術的遅滞が懸念されている。


過去の主なトラブル

2006年7月12日、柏崎刈羽原子力発電所で初めて、作業員が一日で受けても良いとされている「計画線量」である0.8ミリシーベルトを超える1.03ミリシーベルトを被曝していたことが分かった。(注:ただし、この計画線量は東京電力が所内での作業毎の管理基準として独自に定めているものであり、健康上及び法令上問題のある数値ではない。現に他発電所においては、作業内容により1日の管理基準を2.0mSvとしているケースもある。)

2009年4月11日、予備品倉庫で火災が発生した。2007年度の中越沖地震以後、これで9回目。柏崎市消防本部によると、何らかの原因で空調機のモーターや配線が過熱した可能性が高いという。新潟県知事は、運転再開について議会に諮る予定であったが、延期すると発表した。

 この教訓から、東京電力では緊急時対応拠点となる施設として「免震重要棟」という名称の免震構造の2階建ての建物を柏崎刈羽・福島第一・第二の各原子力発電所に設置し、各発電所の緊急時対策室をこの建物に移転させた(各発電所とも2010年中に完成)[1]。また、東北電力でも、女川原子力発電所の事務本館の機能拡張に際して事務本館全体を免震構造で新築し、「事務新館」の名称で2011年10月に完成した(8階建て)。

 出された放射性物質の入った水の量は約1.2立方メートルで、放射能量は約90,000ベクレル、濃度では80Bq/L相当である。ちなみにラドン温泉である村杉温泉の源泉は2700Bq/L 、三朝温泉の源泉は9300Bq/Lに相当する。(ラドン温泉と健康より)

 当時、班目春樹が委員長を務めていた、原子力安全保安院の「中越沖地震における原子力施設に関する調査・対策委員会」のもとで、「運営管理・設備健全性ワーキンググループ」の委員であった小林英男は、「耐震基準とか設計基準は後の話として、機器の実力値で評価をするという新しい視点を期待したい」「非常に大きな塑性変形を受けたら、金属材料はかえって強くなるため、損傷という心配はむしろないと思う」と発言している。原子力安全保安院はこれを受け入れている。しかし、材料工学では、塑性変形はを起こした金属は「硬化」し「脆く」なる事実は基本知識であって、この考え方は誤りであることが指摘されている。

*** 以上は、ウイキぺデイアを要訳した。伊勢平次郎 ルイジアナ

comment

康雄兄さま

勉強家ですねえ。

扇動政治家が無知な大衆を煽る。鳩山などには、「生きる」ということがいかに深刻なことかが理解できない。生きるには、すべて犠牲が伴う。犠牲者がひとりも出ない国などどこにもない。だから、犠牲者を最小限に持っていく。

電力を下げれば、国力が下がる。国民は元気を失う。電気は天の恵みなんです。

東電の新社長さんは、技術屋さんじゃないね。会長さんも。曖昧なところがないので、いいと思う。

野田さん~枝野さん~細野さん~藤村さん、安全を見極めたら、どんどん再起動してください。伊勢
2012/06/29 00:10 | 伊勢 [ 編集 ]

ちょうど去年の今頃は計画停電で騒がしかったです。
その時は発電機が売れに売れまくったんです。しかし、その工場が神奈川の計画停電エリアにあるため生産工程もロクに練れない。需要は増えるばかり。通常納期1~2ケ月の発電機が納期1年かかると言ってました。
要するに、お上が計画停電しようが民間レベルでは何とか電気を確保しようと動いていたわけです。

僕は仕事柄、集中治療室がある病院、大型の冷凍冷蔵庫がある百貨店、水を循環させている水族館、1秒の瞬間停電でコンデンサ内の電極が不具合をおこしてしまう工場、実験機器がある大学、大型のサーバーがある銀行などたくさん見てきました。
これら電気がないと大変なことになります。

生活保護者をこれ以上増やしたくないなら原発を推進すべきでは?
綺麗事で民衆の目を惹き付けるやり方がルーピーとダブります。
2012/06/28 23:58 | 康雄 [ 編集 ]

韓国与党代表ら竹島を日帰り訪問…日本政府抗議

 韓国の与党セヌリ党の黄祐呂(ファンウヨ)代表(党首)ら同党指導部の6人が28日、日韓が互いに領有権を主張している竹島(韓国名・独島(トクト)を日帰りで訪問した。

 聯合ニュースによると、一行は、韓国が実効支配を強める狙いで竹島に常駐させている警備隊から状況報告を受けた。黄代表は「(警備隊の)装備が不足している」と述べ、警備艇の増強などを約束した。

 5月に発足した同党の指導部は、安全保障に関する視察と称して南北軍事境界線沿いの非武装地帯(DMZ)などを訪れており、竹島訪問も視察の一環としている。

     ◇

 韓国国会議員による竹島訪問について、政府は28日、韓国外交通商省に対し、在韓国日本大使館を通じて「極めて遺憾である」と抗議し、中止を求めた。

(2012年6月28日18時59分 読売新聞)


「日韓一時断交・国民運動」が必要だ。日韓貿易停止~ビザ発行停止~竹島返還~慰安婦像の撤去を要求する。応じなければ、粛々と国交断絶を推進すればいい。雌雄を示さなければならない。伊勢
2012/06/28 22:07 | 伊勢 [ 編集 ]

一有権者先生

中学時代に理科で、まず電磁界(両極)の発見の歴史。「発電の理論と実験」があった。永久磁石と電力磁石の違いやらね。宿題は自分たちで豆モーターを作った。科学は実験で教えるのがベスト。

今、大人に聞いても、原理を知らないのよ。電力はまったく「天の恵み」なんですね。大型は黒部のような水力で回すです。超小型は自転車の電灯用で足で回すとかさ。ま、基礎教育が徹底していなければ、話にもならない。

おい、橋下クン、黒四ダムを見学しなさい。伊勢
2012/06/28 21:57 | 伊勢 [ 編集 ]

私の父母も終戦直後は小学高学年で食物はじめ何も無い時代を経験しその話も聞かされました。

農家で米を作っても自分達は食べる事ができず殆ど供出させられて芋や山菜などでしのいだ事も多々あったそうです。履物にも事欠きはだしで学校へ通った時もあると。今の豊かな時代に生まれ育った世代には聞いてもすぐには情景が浮かばぬような事ばかり。

節電や停電は危急の時には致し方ないときがあるかもしれません。しかしそれを食い止め事前に起きぬよう万全の対策を取るのが政策の役目でもありましょう。
国益の増進、安全保障の担保他全ての政策においてです。

グーグル等の夜間の衛星写真では東アジアでは北朝鮮のみ真っ暗闇です。そのような生活に甘んじるならば、左翼や反日勢力の扇動に乗って反原発を唱えるのも勝手にすれば良いでしょう。

でもそのような連中に限って電力不足になれば逆に供給が足りないと騒ぐことでしょうね。その様が目に浮かぶようです。無駄にするのは良くありませんが、必要な量は確保しなくてはどうする事もできなくなります。

扇動に乗る前に冷静に考えてもらいたいものです。
2012/06/28 19:40 | 一有権者 [ 編集 ]

一有権者先生

まったくね、伊勢のような71になる老人でも電力を理解している。北朝鮮~イラク~キューバ、、どれも真っ暗ですよ。で、貧乏ちゅうか、飢餓にまで襲われている。なんせ、灌漑には電気がいるわけさ。

敗戦後、わが父母は満州から引き上げたが、伊勢志摩の農家の一角を借りた。電灯がないのよ。だから、夕暮れになると、妹も弟も泣いた。橋下クンには分からないんだな。伊勢
2012/06/28 18:10 | 伊勢 [ 編集 ]

関電への発言力や影響力を強化するには逆に保有率を上げたほうが良いのではないでしょうか。

大阪の皆さんは節電や急な停電などという状況に我慢できるでしょうか。?少なくとも製造業には大打撃ですし電気が止まったらその日の製造作業が全部パーになるメッキ工場などは打撃どころでは済まなくなるとも聞いております。

もっと冷静な考察と判断を首長にはしていただきたいものです。橋下氏を全面的に支持するのは早いと思いますが大阪の皆さんはどうお考えになっておられるのでしょうか。?

関電もですがどうせなら東電も過疎地や他地方に原発を建設せず地元に作って稼動したらどうでしょう。
そうすれば想定外の事態などと嘯かず、徹底した安全対策を何重にも施すでしょうから。
2012/06/28 18:02 | 一有権者 [ 編集 ]

橋下市長、関電株売却も視野…あんな対応だから

電力

 関西電力筆頭株主の大阪市の橋下徹市長は28日、関電株の保有について売却も視野に再検討する考えを示した。


 市が全原発の廃止議案を提案した27日の株主総会で、関電が原発推進の姿勢を崩さなかったことを受け、「筆頭株主といっても、関電があんな対応だから意味がない」と述べた。

 市役所で報道陣の取材に答えた。橋下市長は「税で財源をもらっている公共団体が、株の運用益をあてにすること自体が間違っている。株保有の意味を根本から考える」と説明した。

 また、株主総会で市が提案した全原発廃止議案への賛成率が17%だったことについて「大変な数字だ。関電は原発推進と言っているが、完全に無視するのか」と疑問を投げかけた。

 市は関電株の約9%を保有し、昨年度は50億円の配当益を得ている。橋下市長は大阪府知事時代、市所有の関電株を売却し、JR大阪駅北側の「うめきた」の再開発に活用するよう主張していたが、東京電力福島第一原発事故を受け、関電への発言権を確保するため、保有の継続に転換した。

(2012年6月28日13時07分 読売新聞)


それでは、大阪市の財源が減るんじゃないの?主客転倒しているわな。バカなやっちゃ。伊勢
2012/06/28 17:19 | 伊勢 [ 編集 ]









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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
 
伊勢平次郎はペンネーム。アメリカへ単身移住してから50年が経つ。最初の20年間は英語もろくに話せなかった。英語というのは、聴き取りにくく、発音しにくい厄介なものだ。負けん気だけで生きた。味方を作ることが生き残る道だと悟った。そのうち、コロンビア映画、スピールバーグ監督、トヨタ工場、スバル・いすゞ工場の北米進出、日本の新聞社に雇われた。2013・6 冒険小説You Die For Me アブドルの冒険(邦題)をアマゾンから出版した。昨年のクリスマスには、King of Pepper(英語版)胡椒の王様を出版した。日本、英国、デンマーク、ドイツの読者が読んでくれたわ。妻のクリステインと犬2匹で、ルイジアナの湖畔に住む。

写真は、ハヤブサ F. p. japonensis。カタカナで書かれる。瞬間飛翔速度は、時速300キロという猛禽。

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